文献リスト:藤本大士「秋田藩領および幕領の鉱山における医療環境」〔修士論文〕(2013)

 今日は修士論文の締め切り日だったのですが、研究室の同期とともに、無事に提出することができました(正確には昨日提出したのですが・・・)。締め切り直前は色々と大変でしたが、研究室の皆さまの大きなサポートのおかげで、なんとか乗り切ることができました。今回もまた、SさんとSさんとSさんにはとくにお世話になりました。この場を借りて御礼申し上げます。
 ということで、修士論文での文献リスト(二次資料だけですが)をアップしておきたいと思います。要旨はまた後日アップする予定です。アップしましたこちら)なお、文献リストとあわせて、本ブログで過去に要約した記事へのリンクも載せておきます。《要約》というところを押すと、過去記事へとべます。

タイトル

秋田藩領および幕領の鉱山における医療環境――近世後期の公儀による医療政策の展開」

二次資料

・青木歳幸「権力と医療」長野県(編)『長野県史 通史編 4 近世 I』長野県史刊行会、1987年、596–599頁。
・青木歳幸『在村蘭学の研究』思文閣出版、1998年。
・青木歳幸『江戸時代の医学――名医たちの三〇〇年』吉川弘文館、2012年。
・石川準吉『生野銀山と生野代官――生野代官より勘定奉行に対する禀伺とその回答』日本工業新聞社、1959年。
・石島弘水戸藩医学史』ぺりかん社、1996年。
・石田秀一『秋田の医史』私家版、1981年。
・岩下哲典『権力者と江戸のくすり――人参・葡萄酒・御側の御薬』北樹出版、1998年。《要約》
・上野周子「紀州藩の医療政策と地域社会」『三重大史学』7、2007年、1–20頁。
・海原亮「近世都市の「医療」環境と広小路空間」吉田伸之・長島弘明・伊藤毅(編)『江戸の広場』東京大学出版会、2005年、131–152頁。《要約》
・海原亮『近世医療の社会史――知識・技術・情報』吉川弘文館、2007年。
・大石学「日本近世国家の薬草政策――享保改革期を中心に」『歴史学研究』639、1992年、11–23頁。《要約》
・大石学『享保改革の地域政策』吉川弘文館、1996年。
・尾形利雄「会津藩日新館における医学(漢方・蘭方)の導入について」『上智大学教育学論集』19、1984年、21–47頁。
荻慎一郎『近世鉱山社会史の研究』思文閣出版、1996年。
荻慎一郎「金掘り」塚田孝(編)『シリーズ近世の身分的周縁 3 職人・親方・仲間』吉川弘文館、2000年、73–115頁。
・加藤民夫『秋田藩校明徳館の研究』カッパンプラン、1997年。
・加藤民夫「明徳館の学統をめぐる諸問題――秋田藩学館制度の一側面」『秋大史学』48、2002年、1–14頁。《要約》
・加藤民夫「佐竹義和時代の文教政策――『御亀鑑』の記事を柱として」『秋田県公文書館研究紀要』11、2005年、1–19頁。《要約》
・金森正也『秋田藩の政治と社会』無明舎出版、1992年。
・金森正也『藩政改革と地域社会――秋田藩の「寛政」と「天保」』清文堂出版、2011年。
・菊池勇夫『飢饉の社会史』校倉書房、1994年。
・菊池勇夫『近世の飢饉』吉川弘文館、1997年。
・倉地克直『全集日本の歴史 11 江戸時代/十八世紀 徳川社会のゆらぎ』小学館、2008年。
・酒井シヅ『日本の医療史』東京書籍、1982年。
・佐藤政一「秋田藩の薬園史」『植物と文化』7、1973年、41–49頁。
沢山美果子『江戸の捨て子たち――その肖像』吉川弘文館、2008年。
沢山美果子「「乳」からみた近世大坂の捨て子の養育」『文化共生学研究』10、2011年、157–181頁。《要約》
・塩谷順耳・冨樫泰時・熊田亮介・渡辺英夫・古内龍夫『秋田県の歴史〔第2版〕』山川出版社、2010年。
・柴田純「行旅難渋者救済システムについて――法的整備を中心にして」『史窓』58、2001年、53–66頁。
・庄司拓也「天保の飢饉下の秋田感恩講による孤児救済――近世の災害と民間救済活動」『専修史学』31、2000年、93–108頁。《要約》
・庄司拓也「明治前期における地域的救済組織の存続過程――感恩講の法人化をめぐって」『専修史学』33、2002年、67–84頁。《要約》
・菅原憲二「近世京都の町と捨子」『歴史評論』422、1985年、34–60、77頁。
・鈴木晃仁「健康調査の歴史」近現代資料刊行会(編)『近代都市環境研究資料叢書 2 近代都市の衛生環境(東京編) 別冊(解説編)』近現代資料刊行会、2009年、71–99頁。《要約》
鈴木則子『江戸の流行り病――麻疹騒動はなぜ起こったのか』吉川弘文館、2012年。
・高橋敏『家族と子供の江戸時代』朝日新聞社、1997年。
・茶谷十六「解説 「門屋養安日記」の世界」茶谷十六・松岡精(編)『門屋養安日記』下巻、三一書房、1997年、523–543頁。
・茶谷十六『院内銀山の日々――「門屋養安日記」の世界』秋田魁新報社、2001年。
・茶谷十六「幕末秋田の藩政改革と院内銀山(試論)」秋田姓氏家系研究会(編)『あきた史記――歴史論考集』5、2002年、65–80頁。
・張基善「仙台藩における諸医師とその把握・動員」『歴史』109、2007年、79–108頁。《要約》
・塚本学「18世紀後半の松本領上野組と医療――組をこえる地域社会」『松本平とその周辺地域における社会結合の諸形態とその変動 (中間報告書)』文部省科学研究費補助交付・一般研究(A)、1982年、1–26頁。
・塚本学『生類をめぐる政治――元禄のフォークロア平凡社、1983年。
・塚本学『生きることの近世史――人命環境の歴史から』平凡社、2001年。
内藤正中石見銀山の鉱山病対策――宮太柱の『済生卑言』」『日本海地域史研究』9、1989年、263–284頁。
・仲野義文『銀山社会の解明――近世石見銀山の経営と社会』清文堂出版、2009年。
・半田和彦「秋田藩、富山売薬を排除」『秋大史学』52、2006年、1–27頁。
深谷克己『深谷克己近世史論集 1 民間社会と百姓成立』校倉書房、2009年。《要約》(序)
・麓三郎『佐渡金銀山史話』三菱金属鉱業、1956年。
・宝月理恵『近代日本における衛生の展開と受容』東信堂、2010年。
・町泉寿郎「医学館の学問形成(一)――医学館成立前後」『日本医史学雑誌』45(3)、1999年、339–372頁。
・松崎範子「熊本城下町における窮民の救済と社会保障」『熊本史学』93・94、2011年、59–83頁。
・水林彪封建制の再編と日本的社会の確立』山川出版社、1987年。
・南和男『江戸の社会構造』塙書房、1969年。《要約》(第5章)
・三好貴子「地方への牛痘法伝播の一事例――秋田藩院内銀山における医師門屋養安の場合」『橘史学』23、2008年、41–60頁。
・村串仁三郎『日本の鉱夫――友子制度の歴史』世界書院、1998年。
森潤三郎『多紀氏の事蹟』日本医史学会(校訂)、思文閣出版、1985年。
・山口啓二『山口啓二著作集 1 近世史研究への旅立ち』校倉書房、2009年。
山崎正董『肥後医育史』鎮西醫海時報社、1929年。
山崎正董『肥後医育史補遺』鎮西醫海時報社、1931年。
・山田重正『典医の歴史』思文閣出版、1980年。
・山根俊久「石見銀山史要」山根俊久(編)『石見銀山叢話』島根県文化財愛護協会、1972年、7–44頁。
・横田冬彦「近世村落社会における<知>の問題」『ヒストリア』159、1998年、1–29頁。《要約》
・吉田伸之『近世巨大都市の社会構造』東京大学出版会、1991年。
・吉田伸之『日本の歴史 17 成熟する江戸』講談社学術文庫、2009年。
・吉城文雄「秋田藩における鉱山職業病「よろけ」対策」『秋大史学』23、1976年、78–89頁。
・吉成直太郎「佐竹藩の医薬史の研究(其の2)」『秋田県医師会』4(3)、1952年、230–242頁。