「平成の大津波被害と博物館――被災資料の再生をめざして」(於:岩手県立博物館)

 昨日、岩手県立博物館で開催中のテーマ展「平成の大津波被害と博物館――被災資料の再生をめざして」を見学して来ました。館の方にブログでもなんでもどしどしアピールしてねと言われたので、早速その紹介を。笑

テーマ展「平成の大津波被害と博物館――被災資料の再生をめざして」於:岩手県立博物館、2013年1月5日〜3月17日。

http://www.pref.iwate.jp/~hp0910/exhibition/exhib24/tsunami/tsunami.html

 東日本大震災によって太平洋側に所在していた博物館や資料館の多くが被災し、その収蔵物もまた大きな被害に遭いました。岩手県沿岸部で被害を受けた施設としては、北から、もぐらんぴあ(久慈市)、野田村立図書館、鯨と海の科学館(山田町)、大槌町立図書館、大槌町教育委員会所蔵考古資料、郷土資料館別館収蔵庫(釜石市)、戦災資料館(釜石市)、民族資料保管庫(大船渡市)、陸前高田市立図書館、陸前高田市立博物館、海と貝のミュージアム陸前高田市)、埋蔵文化収蔵庫(陸前高田市)などが挙げられます。なかでも、陸前高田市立図書館所蔵の「吉田家文書」は岩手県指定文化財であったこともあり、震災後すぐの3月31日から救援要請が出され、レスキューが進められてきました。そののち、この活動が「被災文化財救出活動」となり、上掲の施設の収蔵品レスキューが活発化することになり、その結果、31万点におよぶ資料が救出されることになりました。これら活動は「東北地方太平洋沖地震被災文化財等救援委員会」によって支援を受け、現在も幅広い活動を進めています。
 岩手県立博物館などではそういった被災地域の収蔵品の収集・修復を率先して進めてきたのですが、今回のテーマ展ではレスキューした資料の紹介と具体的なレスキュー方法が紹介されていました。たとえば、陸前高田市立図書館から救出した「吉田家文書」は、仙台藩気仙沼郡(現、陸前高田市・大船渡市・住田町・釜石市唐丹町)を実質的に統括していた大肝入・吉田家に伝わる資料で、藩からの命令伝達や諸経費の割り当て・納入を知ることができる重要な資料です。そのなかでも市立図書館時代にも重要書庫に入れられていた執務日記『定留』(1750(寛延3)年〜1868(明治元)年)は、地震後ひどく腐朽してしまいましたが、岩手県立博物館による適切な安定化処理によりかつての状態をかなり取り戻すことができました。ちなみに、この安定化処理の過程は、次亜塩素酸ナトリウム水溶液などによる洗浄、水道水・精製水による超音波洗浄処理、真空凍結乾燥処理、くん蒸による消毒、史料の点検・補修などを経て、文化庁の助成によるデジタル化、および、中性子箱での保管となっています。なお、このレスキューが宮城県公文書館国会図書館などとも緊密な連携のもとで進められたことからも、MLA(博物館・図書館・公文書館)連携のよい例であると言えるでしょう。
 レスキューされた所蔵品はいわゆる古文書にとどまりません。たとえば、陸前高田市立博物館に所蔵していた生物標本のうち、昆虫標本約2万5千点、植物標本約1万5千点などが救出され、また、海と貝ミュージアムの貝類標本11万点のうち約7万点が救出されました。それら標本のなかには、陸前高田市出身の博物学者・鳥羽源蔵(1872–1946)によるものがあり、彼が台湾総督府農事試験場に嘱託技師として派遣された際に現地で採集した標本も含まれていることからも、重要な資料であることがわかります。なお、このような生物標本の他にも地質標本、あるいは、書画や陸前高田市の考古資料、気仙地方の漁撈用具・大工道具・生活用具なども救出されました。
 このように素晴らしい成果を残している岩手県立博物館の活動ではありますが、展示の最後にはそれが独力によって達成できたのではないことが述べられています。すなわち、一方では全国43カ所の博物館などによる支援や専門職の派遣、さらには多大なる寄付があり、もう一方では岩手大学盛岡大学の学生ボランティアをはじめとするのべ300人にのぼるボランティアの援助があったのです。そのような協力を得ながら、岩手県立博物館は現在も被災資料の再生を進めているのでした。

 以上のように今回のテーマ展は、資料館・博物館などから実際にレスキューした資料の概要、および、レスキューの具体的な活動内容の紹介が詳細ながらも非常にわかりやすくおこなわれており、非常に素晴らしい展示であったと思います。そのため、資料レスキューなどについて詳しくない人にとっても、実際に関わってきた人にとっても満足する内容であると思われます。ちなみに、県立博物館は上記テーマ展だけでなく、その常設展も魅力的なものでしたので、盛岡にお立ち寄りの際は県立博物館を是非見学されることをおすすめします。