キリスト教禁制後の日本人知識人と南蛮系宇宙論:平岡隆二「『南蛮運気論』の流布と受容」(2013)

 本日、とうとうゲットしました!各所で話題沸騰中の、平岡さんの新刊『南蛮系宇宙論の原典的研究』を!ぱらぱらとみてみたのですが、これはもう素晴らしいの一言につきますね。日本側の史料だけでなく、欧州の史料も渉猟し、キリシタン時代の宇宙論を総合的に描き出そうとするこの試みは、江戸時代科学史にとっても、初期近代ヨーロッパの思想史にとっても間違いなく大きなインパクトを与えるものだと思います。
 本書の前半部は思想史的な手法で南蛮系宇宙論の精読を、後半部は文献学的な手法でそういったテクストの流通を分析しており、いやぁ、なんでこんなにも器用に分析できるのかと。ホント、すごいですね。同じ江戸時代の科学史(僕は医学史ですが)を志すものとして、僕もいつかこのような研究書を書いてみたいものです(笑)。なお、石版さんのブログで既に前半部の論文(こちらの初出となった論文ですが)が紹介されていますので、以下では後半部の章から一つ簡単にまとめてみました。

平岡隆二「第6章 『南蛮運気論』の流布と受容」『南蛮系宇宙論の原典的研究』花書院、2013年、157–191頁。
初出:平岡隆二「『南蛮運気論』の流布と受容」『洋学』18、2010年、1–50頁。
『南蛮系宇宙論の原典的研究』特設ページ:購入はコチラから
なお、本書はAmazonなどでは流通しないようで、購入する場合は上記ページなどを通じて申し込む必要があります。印刷数が少なく、反響の多い話題の本となってますので、売り切れてしまう前に早くゲットしましょう!


 日本では1614年頃よりキリスト教への迫害が強まったために、本書の前半部で分析されたような南蛮系宇宙論のテクストは、もはや宣教師自身によって日本人向けに修正され得なくなった。先行研究によれば、その後の南蛮系宇宙論のテクストは、キリシタンの嫌疑がかけられぬためにも、文書から「南蛮」の文言が削除されて流通したとされている。しかしながら本論文は、『南蛮運気論』(17世紀中頃成立)の近世から近代に至るまでの写本12点を比較・検討することを通じて、17世紀以降には今度は日本人によってそのテクストが精査・修正されていく様子を描いている。つまり、キリスト教の嫌疑を恐れてテクストが改訂されたのではなく、むしろ、知識人の判断によって自発的に書き替えられたと著者は論じるのである。
 本論文で確認された現存する『南蛮運気論』の最も古い写本は、大河内松平家のもの(豊橋市美術博物館所蔵)で、成立は1670年以前と推定される。つまり、キリスト禁制後すぐから南蛮系宇宙論は読まれていたことがわかる。さらに、大河内本の末流にあたり、江戸時代中期に成立したと推定される白雲本という写本には、多くの書き込みが存在し、その内容が知識人によって詳しく検討されていたことがわかる。たとえば、このテクストが「南蛮」の書であることに疑念が加えられ、運気について述べられた箇所の十中八九が中国的な運気論であるという指摘がなされるほどであった。そして、そういった疑念は天理本(1782年以前に成立か;天理大学附属天理図書館所蔵)においては、そのタイトルから「南蛮」という言葉を削除させることになるのであった。そして、まさにここに江戸時代の知識人たちが彼らなりに南蛮系宇宙論を消化・吸収しようとする姿が窺えるのである。