報告:藤本大士「江戸時代の公権力と医療――秋田藩領および幕領の鉱山における医療政策の展開」火ゼミ(2013年4月9日、於:東京工業大学)

 科学史を専門とする研究者が所属を超えて集う、「火ゼミ」で報告させていただきました。以下の文章は『火ゼミ通信』に掲載用のものです。

藤本大士「江戸時代の公権力と医療――秋田藩領および幕領の鉱山における医療政策の展開」火ゼミ(2013年4月9日、於:東京工業大学

報告

 今回の報告では、2013年1月に東京大学に提出した修士論文の全体的な議論の紹介をおこなった。本報告は江戸時代における公権力と医療の関係性を問うことを主題とし、具体的な事例として近世後期の秋田藩領および幕領の鉱山における労働者のための医療政策に着目した。研究の背景には、これまでの近世日本の医療史研究では社会史的アプローチが支配的であったために、公権力による医療政策に注目した研究が少なかったことがある。このような事態は、近代日本の医療史研究ではそういったトピックに関心が集まりがちであることに鑑みると非常に対照的である。そのため、このような欠を埋めるためにも、そして、近代日本の医療史と接続をはかるためにも、江戸時代の公権力による医療政策の展開を、幕領と藩領(とくに秋田藩)との間の違いに注意を払いながら検討した。具体的には、秋田藩は幕府や他藩よりも積極的に鉱山労働者のための医療政策を講じたことを指摘し、そのような政策の展開を、天明の大飢饉を契機に進められた藩政改革と関連させて論じた。その改革によって、領民を救うことは領主の責務であると考える官僚が生み出されるようになり、実際に彼らがその思想の実践として労働者への医療提供を実行したのであった。一方、幕領ではそういった官僚たちがいなかったことが、幕領内鉱山において労働者のための医療政策が幕末までほとんどおこなわれなかった理由であると指摘した。なお、ディスカッションを通じて、フロアより多くの示唆に富んだコメントをいただいた。たとえば、本報告では文献資料の引用が多い反面、鉱山における金銀産出量の推移や労働者人口の変化などの量的なデータの提示が少ない点をご指摘いただいた。確かに、そのようなデータも考察の対象に入れることで、比較の際の有力な参照軸を示すことができるため、非常に重要な論点である。その他、今回いただいたコメントを踏まえ、今後の投稿に向けて執筆を進めていきたい。