宣教師の手を離れた南蛮系宇宙論のゆくえ:平岡隆二『南蛮系宇宙論の原典的研究』(2013)#2

 とうとう明日に迫った『南蛮系宇宙論の原典的研究』出版記念イベントに向けて、平岡さんの本の後半部をまとめました。なお、第6章のみ別エントリ(コチラ)でまとめていますので、以下では4・5章と結論部を要約しております。
 ちなみに、このイベントの模様はJapanese Association for Renaissance Studies (JARS;当団体の詳細についてはコチラ) が運営する『マルシリオ・フィチーノ』(YouTubeチャンネル;視聴はコチラ)にて、日本時間15時から全世界に配信されるようです。どなたでもご覧いただけますので、是非どうぞ!インタビュアーに「石版!」という超有名なブログの著者である紺野正武さん、「オシテオサレテ」の坂本邦暢さんを迎え、著者の平岡さんご本人にたくさん聞いちゃうという激熱な企画です!

【2013/4/28追記】本インタビューの模様が下記リンクからYouTubeでご覧いただけるようになりました!

YouTube - 平岡隆二 『南蛮系宇宙論の原典的研究』を語る! (2013.4.27)

 

平岡隆二『南蛮系宇宙論の原典的研究』花書院、2013年、103–197頁。
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※ 残り部数わずか!Amazonなどでは販売されていないので注意!

 本書の後半部では、前半部で検討された宣教師による南蛮宇宙論が、その後、日本人知識人たちにどのように受容され、全国に広がっていったかが検討される。これまでの先行研究では、キリスト教の禁制を境に、17世紀以降、そのような南蛮宇宙論は急速に勢いを失っていったと指摘されていた。しかし本書は、全国各地での広範な資料調査を通じて、実際はそれらの写本が多くの日本人知識人たちに熱心に読まれ、その知識が積極的に吸収されていたことを明らかにしている。
 具体的には、3つの南蛮宇宙論の書の流通と受容が検討される。まず、『二儀略説』について。『二儀略説』はキリスト教的な用語は用いられていないものの、明らかにゴメスの『天球論』を典拠にしたものと推定される。その現存写本は、稀覯本の収集家としても有名な木村蒹葭堂(1736–1802)や稲垣定穀(1764–1835)によって収集された二つである。その収集時期と場所からもわかるように、キリスト教禁制から2年を経た京都においても、初期の南蛮系宇宙論の書物が天文学を学ぶ者にとって必読書であると捉えられていたのであった。現存写本はそれら二つしかないが、同書のさらなる流通を知るために、明らかに『二儀略説』を部分的に要約したと推定される『天文方書留』(諫早市諫早図書館蔵)が検討される。本資料の本文は、計83条のひとつ書きで構成されるなど極めて特徴的である。そして、それら項目の半分が近世初期に成立した南蛮系宇宙論の『二儀略説』からの、もう半分が近世中期に成立した蘭学宇宙論の『日月圭和解』からの抜き書きとなっていることを、文献間を丁寧に比較・検討することで著者は明らかにしている。これまでは南蛮系と蘭学系の宇宙論は独立した流通過程をたどったと考えられていたが、『天文方書留』が成立したと考えられる天明期以降に、それら二つは確かに邂逅していたのであった。
南蛮学系天文学がベースとしながらも、同時に蘭学天文学をも取り上げている点である。
 次に、アリストテレスプトレマイオス流の宇宙論である『乾坤弁説』が、日本人知識人によっていかに読まれたかが検討される。本書は元イエズス会士で転びバテレンであるクリストファン・フェレイラ沢野忠庵;1580–1650)が訳出したもので、南蛮系宇宙論ひいては南蛮系科学論のなかでも質・量ともに最も優れたものとして知られている。なかでも『乾坤弁説』の異称本である『弁説南蛮運気論』は寛文10(1671)年以前に成立したと推定され、最も古い現存写本である。それは大河内松平家に伝わるものであり、その蒐集者は川越藩主で、南蛮・紅毛系の科学論に関心を寄せた松平輝綱(1620–1672)であると考えられる。輝綱はその南蛮系宇宙論からかなり学んでおり、同家文書群の『日かけ之本』からは彼が中国と南蛮の宇宙論を融合させて論じていることがわかる。また別の異称本写本として『四大全書』(津市図書館稲垣文庫蔵)があるが、それに付された医師・橘南谿(1753–1805)からもこの南蛮系宇宙論に対する高い評価をうかがい知ることができる。南谿は上述の『二儀略説』と『四大全書』を天文学者を志すものにとって必読文献であると評している。彼のこの評価からは、18世紀後半の京都において『天経或問』といった漢学(宋学)の西洋宇宙論より、近世初期の南蛮系宇宙論の方が優れているという認識がもたれていたことがわかる。このように、近世初期の南蛮系宇宙論は、確かに全国に広く流通し、多くの知識人によって積極的に読まれたのであった。
 (なお、三つ目の 『南蛮運気論』(17世紀中頃成立)の流通・受容については既に別エントリでまとめていますので、そちらをご覧ください。)

参考エントリ・文献

平岡隆二 『南蛮系宇宙論の原典的研究』


南蛮学統の研究―近代日本文化の系譜 (1978年)

南蛮学統の研究―近代日本文化の系譜 (1978年)


九州の蘭学―越境と交流

九州の蘭学―越境と交流

特に、同書所収の平岡隆二「沢野忠庵・向井元升・西玄甫――南蛮と紅毛のはざま」。