Isis Focus 読書会 #8「リストマニア」(2013年5月1日、於:東京大学)
第8回のIsis Focus読書会のテーマは「リストマニア」でした。個人的に面白かったと思うことや学んだことを簡単にメモしておきます。
Isis Focus 読書会 #8「リストマニア」(2013年5月1日、於:東京大学)
5月1日 Isis, Focus読書会#8 リストマニア - 駒場科学史研究会
各論文のレジュメへのリンクはこちらからどうぞ。
本特集ではリストというものに注目して、科学史を描き出すことを目的としていました。あるときは知識を適切な大きさにまとめるために、またあるときは他の人々に提示しやすいようなサイズにするために、人々はリストという形式を大いに活用してきたのです。つまり、本特集はそういった知識をまとめるという行為から、実際に科学的知識が生み出されていくまでの過程に注目を促そうとするものなのでした。
このような話だけを聞くと、最近話題の書物史研究あるいは読書史研究などとの違いが気になるかもしれません。以前、駒場科学史研究会で読んだAnn BlairのToo Much To Knowといった書物史研究は、古代から人々は多くの情報をうまく処理するための技術を生み出してきたことを記述しています。そのなかには、索引や要約集あるいは本特集で注目されるリストも含まれています。また、科学者たちの研究日誌やフィールドノートを手がかりに、知識が形成されていく過程を描き出す研究もあります。つまり、科学史研究では既に知識が生み出される過程に多くの関心が払われてきたのです。しかしながら、そういった研究との違いを挙げるとすれば、本特集が注目するリストには一種のフォームというものがある点でしょう。そして、その特徴により、リストが人々の分類方法をより発展させることもあれば、その逆にその分類方法が人々の考えを制限することになったのです。このような事態は、おそらく、ノートといった媒体に着目することでは見えない部分でしょう。なぜなら、ノートは白紙であり、利用者はそれを自由に書くことができるため、研究を方向付けることをしないからです。
リストが研究を方向付けるということを最も端的に示しているが、Müller-WilleとIsabelle Charmantierの論文でしょう。この論文はリンネの植物学研究に着目し、リストが彼の研究を促進した側面と制限した側面を指摘しています。リストという形式は、階層構造を示すのに適しているため、リンネの目的である植物の「自然的秩序」を描くのには適していました。一方、植物間の親近性を描こうとするとき、そのようなリストを使っては互いの関係性をうまく示す描くことができませんでした。結局、リンネの弟子がリストではなくマップを用いることによって、その関係性をうまく示したように、あるときはリストという形式がその使用者の認知に制限を加えていたのです。
同様に、リストが人々の科学研究を方向付ける事例として、Kellerの論文で紹介されていたフランシス・ベイコンの「望ましいものリスト」があげられます。ベイコンのリストはそれまでのリストのあり方とは異なっていました。たとえば、プリニウスはローマ帝国が既に征服したものをリスト化していましたが、ベイコンはこれから征服されるべきことをリスト化し、その後の研究者たちがやるべき課題を提示したのです。つまり、ベイコンは一人で調べることができる範囲の限界を認識し、それぞれの研究者が協働することで学問の新たな地平、すなわち「新大陸」に到達しようとしたのでした。このとき、それぞれの研究者たちは自らがその研究を進めることの意義を説明する必要がなくなり、特定の課題への集中が可能になります。たとえば、ライプニッツはベイコンの「望ましいものリスト」にあげられているから、それは追求すべき課題であるとして自らの研究を正当化しています。そして彼は、そのリストに掲げられていた円の求積法の探究をきっかけとして、微積分学を生み出すことになったのでした。この事例からは、科学者共同体の萌芽を見出すことができるかもしれません。つまり、学会が同じゴールを共有することで存立しているように、ベイコンのリストによって少なからぬ研究者が同じ目標を目指すようになったのです。
リストに着目することを通じて、それがひとびとの認知に与える影響をみることができるだけでなく、人と人とのつながりを知ることもできます。たとえば、Puglianoの論文は、初期近代における薬屋といった低位の身分のものと人文主義者が出会う場として標本リストに注目しています。自然哲学者による博物学的探究は、必ずしも学があるわけではない薬屋たちが作成した標本リストに依存し、進められていたのです。なお、この論文のスコープはさらに広く、ツィルゼルテーゼの発展を目指すものでもあります。かつてツィルゼルは近代科学が誕生する場面において、これまで等閑視されていた初期近代の職人たちに光を当てました。本論文もそのような視点を踏まえつつ、職工や薬屋の役割に注目を促しています。さらに、ツィルゼルが職人の技術知の重要性を指摘するのに留まったのとは異なり、Puglianoは薬屋が用いた知識の枠組みが人文主義者の書物にも影響を与えたとしています。ここにもリストが研究を方向付けていることが確認できるでしょう。
また別の事例として、Delbourgoは薬種商人がつくった標本リストに注目することで、彼らと植民地の外科医や奴隷、さらには本国の自然哲学者との間の関係性に注目しています。17世紀末頃、海外での薬種の採集は外科医の指導のもと、現地の奴隷たちによっておこなわれていました。薬種商人はそういった薬種提供者のリストをつくり、人々にそれを配ることを通じて、自らの権威を高めようとしていたのです。こうして自然誌の分野で名声を得ていく一方で、自然哲学者から批判を浴びることになります。というのも、そういった行為は自然哲学者には自らの地位を揺るがすものと映り、また、それの信頼性が疑問視されたからでした。以上のように、リストに注目することで、人と人との間の協力関係や反発関係を描き出すことができるのでした。
関連エントリ・文献
ピーター・バーク「情報の乏しかった時代/情報が溢れ出ている時代」(2012年10月14日、於:東洋大学円了記念ホール) - f**t note
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