森鴎外における近代的知と民俗的知の一体性:野村幸一郎「錯乱と祟りの間」(2013)
野村幸一郎「錯乱と祟りの間――森鴎外『蛇』の問題圏」京都橘大学女性歴史文化研究所(編)『医療の社会史――生・老・病・死』思文閣出版、2013年、228–258頁。
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森鴎外(1862–1922)が生きた時代は、近代的知性と宗教的価値の関係性が揺るがされた時代であった。教養層には進歩的な考えが広まりながらも、日常にはいまだ民俗的な世界が残っていた。本論文は森鴎外の小説『蛇』(1911)に注目し、近代と前近代的な価値観のはざまで揺れ動く主人公の考えを描き出している。この小説の主人公は理学博士であり、まさに当時の科学主義的な人物の代表例と言えるだろう。しかし、彼がある・田舎で、「蛇ににらまれた」ことによって幻覚をみるようになったとする女性に出会ったとき、彼は近代的知性をふりかざして、その迷信の非合理性を断罪することはしなかった。では、なぜその知的エリートはそのような態度をとったのだろうか。その背景には、佐久間象山やドイツの宗教思想家ルドルフ・オイケンのコスモロジーに対する鴎外の共感があったと考えられる。近代科学の誕生によって、人間の知識と信仰が明確に線引きされ、前者に価値が置かれるようになり、後者は蔑まれるようになった。しかし、象山やオイケンは後者にも積極的に価値を見出していこうとし、両者を一体のものとして把握しようとしたのである。つまり、『蛇』の主人公の行動には、近代的な知と土俗的な知が対立するものではなく、渾然一体のものであると捉える鴎外の思想が反映していたと考えられるのであった。
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