革新主義時代のアメリカにおける公衆衛生:Tomes "Germ Theory, Public Health Education, and the Moralization of Behavior in the Antituberculosis Campaign"(2001)

 とあるアメリカの医学史・公衆衛生史のリーディングスより、20世紀初頭の細菌学と公衆衛生の関連について論じた文献を読みました。明日の研究会の予習も少し兼ねて(研究会詳細はコチラ)。

Nancy Tomes, "Germ Theory, Public Health Education, and the Moralization of Behavior in the Antituberculosis Campaign," in John Harley Warner and Janet A. Tighe, eds., Major Problems in the History of American Medicine and Public Health: Documents and Essays, Boston: Houghton Mifflin, 2001, pp. 257–264.

Major Problems in the History of American Medicine and Public Health: Documents and Essays (Major Problems in American History Series)

Major Problems in the History of American Medicine and Public Health: Documents and Essays (Major Problems in American History Series)

初出:Nancy Tomes, “Moralizing the Microbe: The Germ Theory and the I struction of Behavior in the Late Nineteenth—century Antitubercul ment,” in Allan M. Brandt and Paul Rozin, eds., Morality and Health, New York: Routledge, 1997, pp. 271–97.

 19世紀後半からの細菌学の発展を受け、20世紀前後のアメリカでは、人々の行動は公衆衛生の観点から道徳的に語られるようになる。たとえば、結核のケースをみてみると、1882年に肺結核結核菌によって引き起こされることが明らかになったことを契機に、1910年代にはその知見にもとづいた行動規範が種々のキャンペーンや教育を通じて全国に広まっていく。なかでも行動の意味合いが公衆衛生によって大きく変えられたのは唾をはくことであろう。もちろん、結核が伝染性であることが明らかになる前から、その行為は清潔感を損なわせるものとして不道徳的であるとされたが、それはあくまで個人の問題に留まっていた。しかし、1880年代以降はその唾を媒介として人に結核を感染させるかもしれないという理由により、その行為は不徳であるとされるようになったのである。
 このような反結核キャンペーンは、当時のアメリカにおける革新主義的な時代背景とも深く結びついて進められた。これまでの公衆衛生は貧困層や移民、非白人たちを病気の温床であると捉え、彼らの隔離・排斥に関心を示していたことに対し、革新主義的な公衆衛生家たちは彼らを教育によって統合しようとしたのである。つまり、民族・階級・人種によって区分されてしまった社会において、彼らは結核という共通の敵にみなが立ち向かっていると描くことで、アメリカ人となることが何を意味するかの再定義を試みようとしたのである。そして、まさに革新主義時代を象徴する地方企業、労働組合、女性クラブ、YMCA・YWCAらグループが、反結核運動のキャンペーンやパレードにおいて主たる協賛者となったのである。しかし1920年代に入ると、政治における保守化が強まったこと、および死因のトップであった肺結核がガンや心臓病に取って代わったことなどと相まって、反結核運動は次第に陰りを見せ始めることになった。