土地を所有しない身分集団・生業集団への注目:横田冬彦「生業論から見た日本近世史」(2008)

 引き続き、とある勉強会で読んでいる近世日本の環境史に関する文献をまとめました。こちらも第一回目の勉強会のアサインメントです。なお、本論文では「環境史」と呼びうる事例(山村や漁村の生業に関する研究)が紹介されていますが、それほど「環境史」という言葉が前面に出されてはいません。

横田冬彦「生業論から見た日本近世史」国立歴史民俗博物館(編)『生業から見る日本史――新しい歴史学の射程』吉川弘文館、2008年、98–123頁。

 かつて網野善彦が問題化したように、近世日本のヒストリオグラフィでは百姓を中心に据えた稲作一元論がとられてきた。つまり、戦後歴史学が描く江戸時代の生産関係とは、太閤検地によって稲作が強制された百姓=農民と封建領主の生産関係であり、水田稲作を基本とするその小農経営は幕藩制の経済構造の基本経営であると捉えられてきたのである。それに対し、畠作などにみられる山村独自の経済・社会構造に注目しようという機運が高まっていく。その背景には、江戸時代の権力編成問題に関する新たな見方の導入があった。すなわち、権力構造を軍役論から国役論へと見方を転換させることで、領主と農民の関係にのみ関心を寄せるのではなく、手工業職人や鉱山や山村・海村などにおける独自の「役」に対する注目が高まったのである。このような見方は同時に、士農工商という身分制の枠におさまらない多様な身分、すなわち、「身分的周縁」と呼ばれる、生業に基づいて形成された身分集団の実態解明へと向かった。こうして、近世日本史研究では稲作以外の生業へと注意を促すことにより、資本や土地、そしてそれに基づく身分などの分析に関心を集中させる、マルクス主義的な歴史叙述の乗り越えを試みたのであった。

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