アーカイブズ学におけるいくつかの変革と科学アーカイブズ:Anderson "The Organization and Description of Science Archives in America"(2013)

 12月6日(金)に迫ったIsis Focus読書会に向けて、自分の担当箇所のレジュメをつくりました。今回の特集は"Ordering the Discipline"です。なお、読書会はどなたでも、(Google+を通じて)どこからでも参加可能ですので、参加希望の方は藤本にまでお気軽にご連絡ください。詳細は下記リンクをご覧ください。(最新情報はFacebookページの方により早く更新されます。)

Isis, Focus読書会#11「学問領域を整理する:科学史における分類」 - 駒場科学史研究会
Isis, Focus読書会#11 "Ordering the Discipline"

R. Joseph Anderson, "The Organization and Description of Science Archives in America," Isis, 104(3), 2013, pp. 561-572.
http://www.jstor.org/stable/10.1086/673268
※ 上記リンクより無料閲覧・DL可能


 科学アーカイブズの創設、現代科学史研究の誕生、そしてアーカイブズにおける実践上の大きな変化は、1950年代から1960年代にかけて同時発生的に起こった。その後、1980年代および2000年代におけるアーカイブズの実践レベルでの変化が起きている。本論文はそういった変化がいかに科学アーカイブズに影響を与えてきたかについて、著者が館長を務めるニールス・ボーア図書館・アーカイブズ(The Niels Bohr Library & Archives; NBL&A)を主たるケーススタディとして考察している。
 最初に、アメリカのアーカイブズにおける1950年代までの実践活動について、図書館のそれと対比させながら説明している。まず資料の分類について、図書館学では資料は一点ずつその主題毎に分類されるが、アーカイブズ学では取り扱う資料が膨大なために、それらは集合的に捉えられる。その際、複数の資料群から主題毎に資料を選び出すようなことはあってはならず、あくまでその資料の出所(provenance)がどこであるかが重視され、その原秩序(original order)を維持することが期待される。アメリカではそういった方法が1940年代の国立公文書館で採用され、1950年代に全国のアーカイブズに広がっていった。一方、資料の記述について、アーカイブズにおける資料は出所(たとえば、政府組織の各部門)に基づいてグループにまとめられる。そのため、目録は出所に即したパンフレットのようなものとなり、従来採用されていた図書館のようなカード目録をつくることが廃止される。アメリカ議会図書館はこういった目録作りのマニュアルを1950年に発表している。ただし、このシステムは個人文書などの体系性をあまりもたない資料の記述には適切ではなく、そのため、フォルダあるいはコレクションという概念によってそれらをまとめる方法が提案され、1950年代に広まっていった。
 同時期の科学史研究では、現代科学の研究に対する関心が高まっていたが、研究者たちは科学アーカイブズが十分に整備されていないという問題に直面することになった。実際、1960年時点でアメリカのアーカイブズでは20世紀の物理学者の資料は一点しかなく、1969年時点でも手稿コレクション全国総合目録(National Union Catalog of Manuscript Collections; NUCMC)の2000を超えるコレクションのなかで、19世紀後半以降の科学・技術分野に含まれるものは4%以下であった。しかし、1960年前後にアメリカ物理学協会(American Institute of Physics; AIP)は物理学史に関する資料保存に関心を示し、アメリカ国立科学財団(National Science Foundation; NSF)の支援のもと、ハーバード大学のジェラルド・ホールトンを代表に「アメリカにおける近年の物理学史に関するプロジェクト」を1961年に立ち上げた。その後、AIPはニールス・ボーア図書館(のち、NBL&A)を設立している。なお、同館で最も利用頻度の高いサミュエル・ゴーズミット(Samuel A. Goudsmit; 1902–1978)の資料は、彼の履歴に関するもの、書簡、アメリカ軍アルソス機関など12のシリーズに分類されている。
 アーカイブズは独自の方法論を築き上げていたが、1980年代から1990年代には再び図書館の実践活動から学ぶことになる。1980年代半ばに図書館学でMARC(機械可読目録)が導入されたことに伴い、アーカイブズ業界においても既存の手稿などの目録をMARCによってオンライン目録システムに編入させる方法(Archives and Manuscripts Control; AMC)が模索されるようになった。1990年代後半には、検索をより容易にするため、EADというアーカイブズの記述標準が登場した。たとえば、NBL&Aのゴーズミット文書もNUCMCなどの全国的なオンラインデータベースに登録され、EADに即したエンコードが進められた。このように、これまでは個々の資料群を職人的に分類していたアーキビストたちは、1980年代以降、図書館情報学などのテクノロジーを駆使して、目録を標準化することが求められるようになったのである。
 アーカイブズ業界における最後の大きな変化は、資料の目録だけでなく、資料そのものがデジタル化されることで世界中に公開されるようになったことである。もちろん、そういった試みは以前からおこなわれていたが、そういった作業では資料に一つずつメタデータを付与していく必要があったため、デジタル化されるものは著名な文書などに限られていた。しかし、EADを流用することで、メタデータの付与作業から解放され、2000年代より資料の大規模なデジタル化が可能となった。なお、こういったデジタル化作業は、全米人文科学基金(The National Endowment for the Humanities; NEH)や全米歴史的出版物・記録委員会(National Historical Publications and Records Commission; NHPRC)などの独立連邦組織による支援のもと、アメリカでは急速に進んでいる。NBL&AもまたNUCMCやNEHからのファンドを得ることで、文書のデジタル化をおこなったり、目録をオンラインシステムに対応させたりする作業をおこなっている。
 以上のように、従来のアーカイブズは地域に根ざし、独自性をもつものであったが、その目録がオンラインシステムに統合され、資料のデジタル化が進むことで、アーカイブズは国際的で標準的なものとなりつつある。今後、科学アーカイブズもそういった作業が進むことで、科学史家は世界中の資料が利用できるようになるだろう。