JARS年末研究会「ルネサンスの知のコスモス――都市、人間、自然」(2013年12月23日、於:学習院女子大学)
JARS年末研究会2013「ルネサンスの知のコスモス――都市、人間、自然」に参加しました。本研究会は学習院女子大学の根占献一先生が代表をつとめる、科研基盤(B)「西欧ルネサンスの世界性と日本におけるキリシタンの世紀」の一環としておこなわれたものです。個人的には今年最後となる研究会への参加でしたが、知的好奇心を駆り立てる多くの素晴らしい報告を聞くことができ、最高の一年の締めくくりとなりました。
JARS年末研究会「ルネサンスの知のコスモス――都市、人間、自然」主催:科研基盤(B)「西欧ルネサンスの世界性と日本におけるキリシタンの世紀」、2013年12月23日、於:学習院女子大学。
http://www.geocities.jp/bhermes001/bhmeeting2013.html
岡北一孝さん (京都工芸繊維大学)の「アルベルティとローマ――ニコラウス5世の理想都市」は、ニコラウス5世(Nicholaus V, 1397–1455)のローマ教皇在位期(1447–1455)におけるローマ・バティカンの建築事業に関する報告でした。建築史の先行研究はサンピエトロ大聖堂やヴァチカン宮などの有名な建築ばかりに関心を集中させてきました。それに対し岡北さんは、ニコラウス5世の建築事業を個別的に検討するのではなく総体的に捉えようと試みます。このときに注目されるのは、その大聖堂や宮殿に向かうまでの3つの道であったり、サンタンジェロ橋の近くに立てられた小礼拝堂などです。それらは史料のなかでは多く言及されませんが、岡北さんは様々な文字・図像史料を駆使して、その歴史的な再構成を試みます。たとえば、1450年にサンタンジェロ橋が崩落し、礼拝に向かう人々が多く犠牲になったとき、その近くに小礼拝堂が建てられたことが1452年の都市施設管理官の法規から確認できます。それらは大きいものではありませんでしたが、イェルサレムの聖墳墓を想起させるモニュメントであったことから、そういったモチーフを得意とした建築家アルベルティ(Leon Battista Alberti, 1404–1472)の手によるものと考えられます。そのアルベルティの建築思想は、それから30〜40年後に描かれたと推測されるウルビーノの《理想都市》という絵画に影響を与えたと言われています。そしてその絵画が描かれた頃から、ルネサンスの建築家たちは幾何学の知識を駆使して、それぞれの「理想都市」を目指そうとするようになりました。ここであらためてニコラウス5世やアルベルティの時代に話を戻すと、その時代はルネサンス最初期ですので、そのときに建てられた建築群に明確な「理想都市」の姿を見出すことは困難です。しかしながら岡北さんは、最初にみた3つの道や小礼拝堂から、ニコラウス5世そしてアルベルティが思い描いていたかもしれない「理想都市」の姿を浮かび上がらせようとするのでした。
桑木野幸司さん(大阪大学)の「新刊 『叡智の建築家』 (中央公論美術出版社、2013年)のお披露目」は、桑木野さんのピサ大学留学時代から、博論執筆、イタリアの老舗書肆からの出版、そして今回の日本語オリジナル版出版に至るまでの経緯が語られました。桑木野さんが長年取り組んできた「記憶術」という研究トピックは、ピサ大学がその一大研究拠点で、そのような最先端の場において桑木野さんは記憶術研究をす進めました。今日ではあまり馴染みがなくなっていますが、記憶術には学問的な伝統があり、その最もポピュラーな記憶術が物事を建物の位置・風景などに関連づけるという方法でした。しかし、桑木野さんが情報革命の時代と呼ぶルネサンスを迎えると、近代的な自然科学や印刷術の誕生により記憶の外部化が進められます。それに伴い、自分の頭の中で覚えていくという行為、すなわち記憶術が重要視されなくなったと言われます。しかし、たとえば《ムーサ女神の輪舞》という絵画において知の女神たちが手を取り合って踊る姿にみてとれるように、知識と知識をつなぐこと、すなわち「百学連環」のために記憶術は重要な役割を期待されていました。桑木野さんの新著は、16世紀後半の知識、記憶術、そして建築の関係性を考察するものなのです。
ヒロ・ヒライさん(オランダ・ナイメーヘン大学)の「ルネサンスの星辰医学――占星術から普遍医薬の探求へ」は、astral-medicine(星辰医学)と呼ばれる知的伝統について、その主要な思想家のテクストを分析したものでした。まず、そのはじまりとして、フィチーノ(Marsilio Ficino, 1433–1499)の医学思想を大学に持ち込んだフェルネル(Jean Fernel, 1497–1558)に注目します。フェルネルはガレノス医学をキリスト教と調和させようと試みました。このとき彼は、霊魂が星辰的な領域に由来すると捉え、それが不滅であると議論しました。その後、フェルネルの弟子であるミゾー(Antoine Mizauld, ca. 1512–1578)が星辰医学の理論的基礎をつくりあげます。彼は一方で不滅の霊魂のことを「非常に優れた太陽の似像である」と捉え、もう一方で医学における心臓中心主義を引き継ぎ、太陽を「天界の心臓」とみなしました。このように、ミゾーはコペルニクスとは独立に、彼独自の「太陽中心主義」を提唱していたのでした。一方、カルダーノ(Gerolamo Cardano, 1501–1576)やその弟子のゲマ(Cornelius Gemma, 1535–1578)は、ヒポクラテスの著作を参照しながら星辰医学について検討しています。カルダーノは「肉について」を引用し、「霊魂は星辰的な熱以外のなにものでもない」という考えをヒポクラテスから引き継ぎ、世界霊魂に匹敵するような役割を「熱」に与えました。ゲマはヒポクラテスの「養生について」を神的な著作と絶賛し、フィチーノやカルダーノによって発展させられた星辰医学的伝統の集大成となる研究をおこなったのでした。その後、パラケルススとその信奉者の登場により、彼らが探究していた普遍医薬と星辰医学の知的伝統が重なりあうことになります。とりわけ16世紀末のパラケルスス主義であるフランス人デュシェーヌ(Joseph Duchesne, ca. 1544–1609)は、月下界のすべてを生み育てる「第五精髄」に着目し、それが普遍医薬に他ならないと主張したのでした。
村瀬天出夫さん(立教大学)の「初期近代パラケルスス主義へのアプローチ――出版と受容」は、パラケルスス(Paracelsus, 1493/1494–1541)の著作につけられた序文の検討を通じて、そこから読み取れるパラケルスス主義者たちのイデオロギーを明らかにするものでした。パラケルススは多数のテクストを残していますが、彼が生きている間に出版されたのは25タイトルとごくわずかでした。しかし、彼の死から20年経った1560年頃のドイツ語圏では、パラケルススの著作の出版運動が進められます。たとえば、1560年までの20年間では15タイトルしか出版されていなかったのが、その後の30年間では176タイトルが編集・出版される程になりました。ここで村瀬さんが着目するのは、そういった出版物の編集者であり、パラケルスス主義者であった人々がそれぞれの本に付した「序文」です。そして、その序文の分析から、その本がどのように読まれたか、何に敵対するものとして位置づけられたかなど、当時の知的・社会的な状況を捉えようとしたのでした。たとえば、1560年代から1580年代の「序文」では、大学におけるガレノス主義医学を異教徒の医学とみなし、自らのパラケルスス主義医学が真のキリスト教的医学であると主張されています。このように、パラケルススの死後に出版された著作からは、パラケルスス主義者たちが彼を道具化し、その序文に自分たちの理想を投影した言葉を並べていたことがわかるのでした。
柴田和宏さん (東京大学大学院)の「諸学を統一する――フランシス・ベイコンの自然哲学と政治学」は、政治家として生きながら、自然哲学の探究をおこなったベイコン(Francis Bacon, 1561–1626)が、政治学と自然哲学の関係をどのように捉えていたかを検討するものでした。柴田さんが着目するテクストは1609年に著された『古人の知恵について De sapientia veterum』です。この書籍には政治学と自然哲学に関する題材が多く含まれています。また、それが著された時期にベイコンは自然哲学に関する多くの著作を多く生み出しています。『古人の知恵について』でのベイコンの主張は、政治学では人々の支配、自然哲学では自然の支配という実践的目標が目指されるが、それらを遂行するためには人間と事物の本性をしっかりと理解することが不可欠である、ということでした。具体的に言えば、まず人間の本性とは感覚的欲求に従って行動する残虐なものであると捉えられました。そして、古代神話においてオルフェウスの音楽によって野獣たちが従順になったように、哲学によって人間たちを統治することができるとベイコンは考えました。一方、事物・物質の本性として、それらが無秩序な状態へ回帰するという欲求・傾向をもつと捉えられました。しかしながら、現在の世界の事物が調和した状態にあるのは、強力な神の法によってそれらに調和が与えられたからだとベイコンは考えます。ここで注目すべきは、ベイコンは後者から前者への応用、すなわち自然の法を人間の統治のための哲学に応用できると信じていた点です。実際、ベイコンは『イングランド国王とスコットランド国王の幸福な統合にかんする小論』(1603年)において、自然の規則と政治の規則の間に親近性があると述べ、事物の本性に関する説明にはじまり、人間の統治のための方法を新国王に提案していたのでした。
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