自然史系資料の保存は誰が担っているか:佐久間大輔「自然史系資料の文化財的価値」(2011)

 今年7月に、日本科学史学会生物学史分科会・夏の学校において、「科学史・医学史をめぐる資料とアーカイブズ」といったテーマでのシンポジウム開催を予定しています。そこで、この主題に関連する文献を今後は読み進めていこうと思います。

佐久間大輔「自然史系資料の文化財的価値――標本を維持し保全する理由」『日本生態学会誌』61(3)、2011年、349–353頁。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110008761949
※ 上記リンクより無料閲覧・DL可能

 東日本大震災によって多くの歴史的な文化財が被災し、自治体や関連官庁、そして博物館・学術団体がそのレスキュー活動を進めた。しかしながら、そういった歴史的資料のなかで、その保全活動が立ち後れた分野がある。それが自然史系資料である。もちろん、国指定の天然記念物となっていたウタツギョリュウ化石(南三陸町歌津魚竜館蔵)は、所管する文化庁によって迅速な対応がおこなわれた。しかし、陸前高田市立博物館に所蔵されていた鳥羽源蔵が収集した標本は、それが明治期から戦前までの東北地方の自然環境を示す一級資料であるにもかかわらず、周辺の博物館に気づかれるまでにかなりの時間を要してしまった。こういった状況に鑑み、大阪市立自然史博物館学芸員である著者は、自然史系資料の体系的な収集・保存の意義を訴える。その際、自然史系資料にかかわる現在の法制上の問題を指摘しながら、現状でその収集・保存のために取るべき手立てを提示している。
 そもそも、国・地方の文化財保護制度では、自然史系資料の文化財的価値はほとんど定められていない。というのも、文化財保護法が歴史的な文書・絵画・建築物・民俗文化などを主たる対象とする一方で、自然史系資料は地誌に関わるものなどを除いてほとんど重視されていないからである。そのため、自然史系資料の文化財的価値は、長年、自然科学系の博物館および学術団体が担保してきた。もちろん、天然記念物や国立公園などの保護・保全文化庁環境省などの所管によって法的・公的に進められているが、天然記念物を通時的にモニタリングした標本などを体系的に収集・保管するというケースはきわめてまれである(ただし、先駆的な取り組みとして、神奈川県の丹沢大山国定公園や札幌市の藻岩山・円山原始林の標本をアーカイビングする事業は存在する)。すなわち、タイプ標本やインベントリーといった自然史資料の保存は、本来であれば文部科学省が働きかけるべきところであるが、実際のところ、法的あるいは公的にそれを定めるものがないのである。
 では、自然史系資料は誰が保存を担っていくべきだろうか。全国的にみて、歴史系の資料館に比べて自然史系の博物館の数は少ない。そのため、その標本を保存しようとしても、相談する相手がみつからず、途方に暮れてしまうというケースがしばしば発生している。そんな中、NPO法人西日本自然史系博物館ネットワークは「標本救済ネットワーク」を立ち上げた。そこでは、廃棄の危機にある標本の相談を受け付け、各博物館の学芸員の査定を通じ、各機関との調整がおこなわれている。同様に、国立科学博物館もナショナル・コレクション構想し、全国の自然史系資料の体系的な収集・保存を目指そうとしている。ただし、こういった取り組みはまだはじまったばかりであり、その保存事業の根拠となる法律は確立しているわけではない。以上のような博物館の活動と同時に、関係学術団体も自然史系資料の保存を訴えていくべきである。その際、標本の学術的価値だけでなく、その文化的価値もあわせみて、標本の評価をおこなう必要があるだろう。そのため、地域の収集家や専門化との連携を進めることが今後ますます重要になってくると著者は指摘する。