教会・大学の外部としての雑誌と「紙上の教会」:赤江達也『「紙上の教会」と日本近代』(2013)#2
赤江達也『「紙上の教会」と日本近代――無教会キリスト教の歴史社会学』岩波書店、2013年、35–119頁。
- 作者: 赤江達也
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2013/06/27
- メディア: 単行本
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「第一章 無教会の出現」では、1890年代から1900年代に焦点を合わせ、内村鑑三(1861–1930)が構想した「無教会」の初期の思想・運動が検討される。内村は渡米しているときからも、制度としての教会に懐疑的な考えをもっていたが、1891(明治24)年の不敬事件を機にその批判的な態度を顕在化させる。この事件は、第一高等中学校の入学式で、明治天皇の教育勅語に対する礼拝を内村が拒否したために、過激な愛国主義をもつ生徒たちから激しく非難され、のちに同じキリスト教徒からも批判されたというものである。先行研究では、内村の礼拝拒否は彼の強いキリスト教信仰に基づくものであるとされてきた。しかしながら、キリスト教者の中でも、天皇にまつわるものへの敬礼はキリスト教精神に反しないとする考えもあり、内村もそう考えていた。さらに言えば、内村は自らが愛国的キリスト教者であると認めていた。そういった側面に注目することで著者は、内村自身の言葉にもとづき、彼がとった行動は礼拝の拒否というよりためらいであったと指摘する。つまり、内村は教育勅語へのお辞儀が礼拝なのか敬礼なのかをすぐには判断できず、曖昧な態度をとったに過ぎないのである。しかしながら、愛国的な生徒だけでなく、キリスト教者からも批判を浴びた内村は、愛国的キリスト教者であることの難しさを悟るのであった。事件の二年後に井上哲治郎へ宛てた書簡において内村は、愛国主義とキリスト教が両立しうるという議論を展開するが、結局まわりからは理解されることがなかった。そういった状況のなかで、内村は同年に出版された著書『基督信徒の慰』において、はじめて「無教会」という言葉を用いたのであった。
それでは、内村は「無教会」としてどのようなものを想定したのであろうか。その言葉を最初に用いたとき、内村は組織と建築からなる教会に代わるものとして、大自然からなる「宇宙の教会」という概念を提示した。その後、1901(明治34)年に『無教会』という雑誌を創刊したときには、無教会概念の再定義をおこなっている。まず「宇宙の教会」を無教会信者の教会として捉え直し、次に読者たちの投稿によって構成されるその雑誌を「紙上の教会」として定義したのである。内村はここにおいて、学校や教会の外部におけるキリスト教信仰を推し進めようとしたのである。その構想を打ち立てる前に、内村は新聞記者の論説委員や女学校の校長をつとめたり、日曜学校や生活改良運動といったキリスト教的運動へのコミットをおこなっていた。しかし、学校や教会などの組織が主導するキリスト教信仰ではなく、「紙上の教会」の読者共同体を主体とする新たなキリスト教信仰のあり方を提示したのであった。
内村が提案したこの無教会思想・運動は、しばしば「日本的キリスト教」であると捉えられてきた。しかし、無教会は国内だけでなく中国・アメリカ・メキシコにも波及しているし、その雑誌が英語で出版されるなど、そのネットワークは国際的な広がりをもっていた。植民地の台湾・朝鮮でも「紙上の教会」建設が進められており、たとえば朝鮮では1927(昭和2年)年に『聖書朝鮮』が創刊されている。その創始者である金教臣(1901–1945)は、日本で内村の聖書講義に参加していたが、帰朝後は内村の思想を批判的に継承する。内村が紙上の教会の読者として「神が選び給ひし国民」である「見えざる公衆」を想定し、キリスト教ナショナリズムを唱えたことに多くを学びながら、金はそれの朝鮮バージョンすなわち「純粋な朝鮮産キリスト教」を生み出そうとしたのである。このように、無教会主義においてはナショナリズムはその中心にあった。そのため、1930年代以降は日本と朝鮮との間での対立が顕在化していくことになる。
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