イガル・ガリリ「物理的知識の表象における科学史科学哲学の関わりと、その枠組としての文化的知識内容」科哲特別講演(2014年4月9日、於:東京大学駒場キャンパス)

Igal Galili, "Cultural Content Knowledge as a Framework of Involvement of History and Philosophy of Science in Representation of Physics Knowledge," Special Lecture at Katetsu, The University of Tokyo, 9 April 2014.
(イガル・ガリリ「物理的知識の表象における科学史科学哲学の関わりと、その枠組としての文化的知識内容」科哲特別講演、2014年4月9日、於:東京大学駒場キャンパス

 講演者のイガル・ガリリ教授(ヘブライ大学科学教育センター)は、元々は理論物理学者で、最近では科学史・科学哲学のマテリアルをつかった科学教育の重要性を訴え、それに即した彼オリジナルの教育方法を提唱している人物です。ハソク・チャン氏らとともに、アジアにおける科学教育のあり方について積極的な発言をおこなっています。
 これまでの高校や大学での科学教育では、科学の法則や理論あるいは問題を解くことばかりが教えられてきました。それに対しガリリ氏は、科学の本質をもっと教えるべきであると言います。それは、科学知識をnucleus/body/peripheryという三つのタイプに分類し、それぞれの特徴を学ぶことに他なりません。nucleusは科学の法則やパラダイムを指し、bodyはそれの応用的な事項を指します。これら二つは、イムレ・ラカトシュがハードコア(hard core)と防御帯(protecting belt)と呼んだ概念と比較的近いものです。それに対し、ガリリ氏がとくに注目を促すのが、科学知識のperipheryについてです。このタイプの知識は、ある事象に対する一つの定まった知見ではなく、さまざまな解釈のされ方に注目したものです。それはたとえば、ある本に書いてあるテキストの内容は一定であっても、それがさまざまな声に出して読まれるような多様性をもっているのです。
 このような知識の特徴付けをおこなったあと、ガリリ氏はとくにこのperipheryを学生に教えることに意義があると主張し、そのときにこれまで科学史・科学哲学が明らかにしてきた事物が大いに役立つと指摘しています。科学教育の場面において科学史の事例を利用することは、今ではやや古くさいタイプの指導方法になっています。しかし実際に科学教育をおこなうときは、科学史・科学哲学における基本的ないくつかのイベントに注目することは、科学の本質を学ぶのに大いに役立つのです。ここで注目されるイベントは、「小旅行(excurse)」という彼オリジナルのアイディアによって概念化されます。この概念では、ある人物が提唱した理論や法則の内容を単に紹介するのではなく、その人物がこれまで同様の問題を取り扱った人物や理論に対し、どのような評価・解釈を与えているかにとくに注目を促すのです。それはたとえば、運動について、古代には動因を外部に求めていたのが、中世にインペトゥスのような内なる動因を想定するようになり、初期近代に動因そのものが否定され、現代に古典的な運動概念が否定されていくような変遷を、理論間のつながり・対話に注目することなのです。こういった教育法を総称して、ガリリ氏は"cultural content knowledge"アプローチと呼び、その普及を訴えるのでした。