南北戦争による奴隷解放と世界的な綿花産業の成立:Beckert "Emancipation and Empire"(2004)

 とあるアメリカ史の授業のアサインメントとして読みました。なお、以下の要約は授業での議論やレジュメ担当者のまとめなども参考にしています。

Sven Beckert, "Emancipation and Empire: Reconstructing the Worldwide Web of Cotton Production in the Age of the American Civil War", The American Historical Review, 109(5), 2004, pp. 1405–1438.

 アメリカ史研究では、南北戦争が国内に与えたインパクトの大きさは自明視されているにもかかわらず、国外にどういった影響を与えたかについては比較的検討されることが少なかった。そこで著者は国内外における綿花生産を事例として、この戦争の前後でその活動がアメリカ一国内の事象から、世界規模なものへと変容していくことを描き出している。
 ヨーロッパでは、奴隷制下で生産されていたアメリカ南部の綿花に大きく依存していたが、南北戦争を機にその調達が困難になった。著者はこれを「綿花飢饉 cotton famine」と呼ぶ。そのため、各国の綿花商人・製造業者は、当初南部連合国軍への支持を表明した。しかしながら、綿花生産が必ずしも奴隷の労働力を必要とせず、アメリカ国外でも安価な綿花が生産できることがわかると、彼ら商人たちは南部の独立は世界経済に打撃であるとして懸念を示すようになり、北部連邦軍を次第に支持するようになった。実際、北部連邦軍も海外での綿花栽培奨励を表明するなどして、南部連合国軍を支持していた綿花関係者たちを取り入れようとしたのである。こうして、世界では新たに、インド、西アフリカ、トルクメニスタン、ブラジルといった国々が綿花を栽培するようになった。南北戦争後の綿花市場は、奴隷制によらない労働形態や国家による介入などの新たな特徴をもつようになっていった。そしてかつての綿花生産国アメリカは、イギリスにつぐ世界第二位の綿花工業国へと変貌を遂げたのであった。