3つの知の様式とその変位:Pickstone "Ways of knowing: an Introduction" (2000)

 今年初めにおこなっていたJohn Pcikstone, Ways of Knowing (2000)の読書会のレジュメとして、その序論をまとめていましたが、ブログで紹介するのを忘れていたので、今更ながらアップしておきます。

John V. Pickstone, "1 Ways of knowing: an Introduction," Ways of Knowing: A New History of Science, Technology, and Medicine, Manchester: Manchester University Press, 2000.

Ways of Knowing

Ways of Knowing

 イギリスの科学史・医学史研究者であるジョン・ピクストンは、「知の様式」という概念装置を用い、科学史・技術史・医学史という3つの異なる分野を総合的に捉えることを試みている。昨今の歴史研究では、時代や地域などを限定した歴史記述が中心的であるが、ピクストンはそのような事態に対し、ビッグ・ピクチャーを描いてみせようとするのである。また、科学史などの学問分野における、科学・技術・医学を総合的に捉える概念の欠如もまた彼の研究の動機としてあげられるだろう。すなわち、ある時には科学・技術・医学のそれぞれが重なり合っているにもかかわらず、結局、それらが各々の分野で別個に論じられてしまっているのである。そこでピクストンはSTM(Scinence, Technology and Medicine)という単語をもって総合的な理解を試みるのであった。

 ピクストンが用いる「知の様式 Way of Knowing」という語は、フーコーが用いたエピステーメーという概念の英訳であることからも、これがフーコーを意識した概念であることは間違いない(同時にクーンのパラダイム概念も意識している)。しかし、ピクストンはフーコーとは異なり、ある時代を代表するエピステーメーを抽出することを拒否しており、むしろ、さまざまな「知の様式」が同時代に共存しているということを強調する。
 ただし、共存を指摘するだけでは安易な相対主義に陥ってしまう可能性があるため、ピクストンはそれを回避すべく、特に重要な「知の様式」をウェーバーにならって「理念型」として提示している。それが、本書の三つの主題である「自然誌」・「分析」・「実験主義」である。もちろん、このような理念型は科学史においてはある程度なじみあるものであり、そこに彼の独創を見いだすことは難しいかもしれない。例えば、自然誌はルネサンス期におけるヴェサリウスの『人体の構造について』や、18世紀初頭のリンネに代表される博物学などが挙げられるだろうし、分析については、フランス革命以降の数理科学の台頭や、パリ臨床学派などが即座に思い浮かび、さらに実験主義は19世紀後半からの有機化学や生理学の躍進に見出すことができるだろう。
 しかし、「知の様式」の同時代における共存を主張するピクストンは、このような3類型を行いつつも、フーコーやその他の科学史家が描いたようにそれらが時代毎に「転換」していく過程を描くのではなく、それらが「変位」していることに注目を促すのである。すなわち、ある時代における複数の「知の様式」間にある相対的重要性を記述しようとしているのである。そのため、後の章でみられる3類型の事例は、ルネサンス期から今日に至るまで約300年という長期的視点から、科学・技術・医学に見出される「知の様式」が描かれる。そして、それぞれの時代における「自然哲学」、すなわち、人びとが「世界」をどう解釈し、読み取っていたかについてみることで、「知の様式」を存立させる重要な背景が記述されることになる。
 さらに、ピクストンは知識・概念の変化だけでなく、実践様式の変化もまた科学的変化にとって重要であるとしている。このような「製作(あるいは、生産)の様式」というまた別の概念装置の導入によって、単に技術的な様式だけでなく、さまざまな制度と関連している実践の様式が強調される。同時に、「製作の様式」と「知の様式」との強い結びつきが指摘され、ある「知の様式」と企業・政府・大学・産業との連携によって科学の商品が生み出されるとき、彼はそれを「テクノサイエンス」と呼んでいる。ここにおいて、「製作の様式」と「知の様式」が重なり合い一つの形態をなしているのであった。例えば、実験主義という知の様式と私企業が連携する製薬や染色・合成繊維などの科学的な商品であり、分析という知の様式と連携したゲノム解析などがこれにあたる。
 以上のように、ピクストンは知的活動において中心的な様式を類型化することにとどまらず、その実践的な側面をふまえつつ、複数の「知の様式」と「製作の様式」が共存する歴史を記述したのであった。

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