ブックラウンジアカデミアで拙著『医学とキリスト教』のインタビューが公開されました

 著者インタビューサイト・ブックラウンジアカデミアにて、拙著『医学とキリスト教』のインタビューをおこなっていただきました。インタビュアーは、アメリカ史・キリスト教史・ジェンダー史などがご専門の石井紀子先生(上智大学教授)です。YouTubeSpotify、各種Podcastなどで聞くことができます。お時間あるときに視聴いただければ幸いです。

 

 


 

 

博論から単著出版まで (3) 出版までの流れ

 前回までの記事では出版助成に応募するまでを書きました。今回は出版助成を獲得し、実際に『医学とキリスト教——日本におけるアメリカ・プロテスタントの医療宣教』として出版されるまでの流れについて書きたいと思います。細かい日にちも書いているので、今後、出版をおこなう方が事前に予定を立てる際に、少しでも役に立てばと思います。
 なお、ご自身の出版経験に関する記事を書いてくださっている他の研究者もおりますので、ここで紹介しておきます。いずれもとても読みやすく、単著出版のイメージをつかむことが出来ます。
 
『債鬼転生——討債鬼故事に見る中国の親と子』知泉書館、2019年)の著者・福田素子さんが、出版するまでの過程について書かれています。
 
『ソヴィエト・ロシアの聖なる景観——社会主義体制下の宗教文化財、ツーリズム、ナショナリズム』北海道大学出版会 、2018年)の著者・高橋沙奈美さんが、博論から単著出版に至るまで、どういった改訂作業などをおこなったかなどを詳しく書かれています。
 また、出版の大まかな流れについては、北海道大学出版会のサイトに「北大出版会の学術書ができるまで」という記事が載っており、キーとなる出来事のタイムラインが紹介されています。著者、出版社、印刷所などそれぞれの立場でやることが書いてあるので、出版に関するイメージをつくっていく上で参考になります。
 私の場合、出版の決定が2020年10月中旬で、実際に本が出版されたのが2021年8月26日でした。この間、2020年の秋学期は非常勤を週に1コマ、特任の研究員のポジションを週に3日やっていました。2021年4月からはありがたいことに学振PDに採用され、春学期には非常勤は入っていませんでした。
 まず、以下にキーとなる日程をまとめます。
・2020年10月中旬〜2021年2月28日、提出用原稿の修正作業
・5月17日〜6月18日、初校ゲラ作業
・6月19日〜7月4日、あとがき執筆、索引事項選出
・7月9日〜7月24日、二校ゲラ作業
・7月27日〜8月1日、念校ゲラ作業
・8月2日〜8月4日、装幀・オビの確認
・8月5日〜8月25日 献本リスト作成、発送
・8月20日〜、広報活動
・8月26日、刊行
 
 以下、拙著の編集過程を具体的にみていきます。
 
  • 2020年10月中旬〜2021年2月28日、提出用原稿の修正作業
 2020年10月11日に法政大学出版局のホームページで学術図書刊行助成の選考結果が発表され、自身の受賞を知りました。その後、担当編集者より連絡が届き、今後のおおよそのスケジュールについて確認がおこなわれました。今回の助成では2021年9月までに出版することが条件でしたので、8月の出版を目指しました。その場合、修正した原稿の提出を2021年3月に入るまでにすればよいということでしたので、締め切りを2月末日に決めました。
 なお、提出をもっと早めれば、その分早く出版できるけれどどうするかというご提案もいただきました。実際、私と同じタイミングで刊行助成を得られた梅田孝太さんは、2021年3月に著作『ニーチェ——外なき内を生きる思想』を刊行されており、私より5ヶ月早く出版されています。私自身は秋学期に少し仕事が多かったので、ゆとりをもったスケジュールが良いと思い、2021年8月の刊行を目指し、予定を組んでもらうことにしました。
 刊行助成審査用の提出原稿(博論)を改稿するにあたって、ありがたいことに原稿の分量を削ることなどは求められませんでした。一方、博論には写真などは入っていませんでしたが、単著には写真を入れてはどうかと提案いただいたため、入れることにしました。Hathi Trust Digital Library国会図書館デジタルコレクションなどの、Public Domainや著作権保護期間満了資料になっている写真から適当なものを探しました。最終的には、それらの写真に加え、聖路加国際病院と東京衛生アドベンチスト病院からも写真を提供していただきました。
 単著用の原稿に書き直すにあたって、鈴木哲也さんと高瀬桃子さんによる『学術書を書く』京都大学学術出版会、2015年)を読みました。同書には、一般に、博論の記述のままでは読みにくいと思われる部分について様々なことが書いてあり、参考になります。もちろん、改稿の方針などについては、担当編集者の方とまずは話し合って、考えを共有しておくことが大事であると思います。
 原稿を修正していくにあたって悩ましかったのは、縦書き・横書きに関してです。担当編集者より本書を縦書きにすることを提案され、私としてはとくにこだわりはなかったので、本文は縦書きにすることにしました(博士論文は横書きでした)。一方、英語の資料を多く引用している関係上、注・参考文献リストを縦書きにしてしまうと読みにくくなると感じたため、その部分は横書きにしました。このあたりのスタイルについては、あらためて他の方の本を調べてみて、隠岐さや香さんの『科学アカデミーと「有用な科学」——フォントネルの夢からコンドルセのユートピアへ』名古屋大学出版会、2011年)の本文が縦書き、注・参考文献リストが横書きというスタイルがとても読みやすいと感じたため、そのスタイルを基本的に踏襲して、原稿をフォーマットしました。
 原稿提出までにおこなった主な変更点は以下の通りです。
・縦書きとするために原稿全体に修正を加えました。まず、本文中の算用数字をすべて漢数字に変更しました。また、本文中の「エンダッシュ(–)」はすべて「波ダッシュ(〜)」に変更しました。ただし、注や参考文献リストなどは横書きのままにしたので、上記の変更は加えませんでした。なお、縦書きをする際の注意事項は、日本エディタースクールページ(PDF)がとても参考になりました。
・博論の各章では、「はじめに」・「小括」という節を設けておりましたが、目次でそれが入っていると、ちょっとくどいようにも感じたので、それらをすべて削除しました。なお、章の最後の節の終わりと小括との境目をわかりやすくするため、セクションブレーカーとして「* * *」(dinkus)を入れました。序論でも節を立てて書いておりましたが、それらを削除しました。代わりに、一部に「* * *」を入れました。
・内容的に大きな変更を加えたのが序論と第7章です。序論の最初の数パラグラフは、より一般に知られていると思われる事柄について書くようにしました。また、博論の第7章の一部をふくらませ、学術誌に投稿したので、その論文を単著の原稿にも組み込みました。
・その他、本文中の誤植や説明不足と思われる箇所を修正していきました。
 以上の修正をおこない、2021年2月28日に原稿を編集者に電子メールで提出しました。提出したファイルは、刊行助成審査用の提出原稿(博論)からの変更箇所がトラックできるものと、それらがすべて反映されたものの2種類(それぞれWordとPDF形式で)でした。
 それに加え、上にあげたような大きな変更箇所をまとめたものを別ファイルにまとめて、担当編集者の方と共有しました。このファイルには、写真の候補やそのリンク、装幀のイメージなどについてもあわせて記しておきました。
 
  • 5月17日〜6月18日、初校ゲラ作業
 2月末に原稿を提出してからは、しばらく原稿からは離れていました。そして、5月17日に初校の校正刷り(ゲラ)のPDFがメールで届き、翌日に初校ゲラ(紙版)が自宅に届いたので、1ヶ月を作業期間として、校正を開始しました。
 このとき、1人の目で間違いを探すのには限界があると思っていたので、研究室の後輩と友人の合計4人にゲラを読んでもらうアルバイトをお願いしました。9章構成でしたので、それぞれにメインで読んでもらう章を指定して、読んでいただきました。この作業では、自分ひとりでは気づけなかっただであろう箇所をたくさん指摘していただき、本当に助かりました。人を増やせば細かいミスの見落としも減るかと思いますが、そのあたりはお財布と相談しながらおこなうのが良いと思います。もちろん、担当編集者の方からもゲラに数多くの重要な指摘をいただいていました。
 6月18日、初校ゲラ(紙版)に修正を書き込んだものを編集者に郵送しました。なお、編集者の方とのミスコミュニケーションを防ぐためにも、修正は「校正記号」などを用いた方が良いと思います。校正記号については、DTP出版の「正しい校正の方法 校正記号表」というページがまとまっていて、参考になりました。
 
  • 6月19日〜7月4日、あとがき執筆、索引事項選出
 初校ゲラを提出してからは、あとがきの執筆、索引の事項の選出作業に進みました。
 索引には、人名を400項目、事項を500項目ほど収録しました。索引項目を選定する作業は想像以上に時間を要する結果となってしまいました。博論には索引をつけていなかったので、この期間に一から作っていくのはなかなかの労力がかかりました。そのため、今後また本を書く機会があれば、索引を早めに準備しようと思いました。索引を早めに作ることのメリットとしては、文章中の統一されていない言葉などに気づくことが出来る点です。実際、私も索引作りの過程で不統一に多く気づき、それを二校ゲラで修正することになってしまいました(こういった修正は、2月末の原稿提出の前に済ませておくべきでしたので、担当編集者の方には多くの手間をかけてしまいました)。
 索引の作り方については、藤田節子さんの『本の索引の作り方』地人書館、2019年)という、その名もズバリな本があるので、参考になります。ただ、本を使う側としては、ある程度索引の件数があった方が便利だと思ったので、少し多めに索引の項目をとりました。一般的な索引のつくり方は、1頁にいくつかのキーワードとなる項目をピックアップしていくことなのかもしれませんが、私の場合は、1頁ごとにキーワードとなりうる言葉を全部抜き出し、1000前後の候補を集めてから、索引に入れるかどうかを選定していくという作業をおこないました。
 7月4日にあとがきをWordファイルで、索引項目をExcelファイルで編集者に提出しました。
 
  • 7月9日〜7月24日、二校ゲラ作業
 7月9日に二校ゲラのPDFを受け取り、翌日に二校ゲラの紙版が自宅に届きました。提出の締め切りは7月26日としていただきました。
 まず、初校ゲラで修正・追加した箇所が適切に反映されているかを確認しました。やはり、初校ゲラに修正・追加した箇所などにはミスが発生しやすいので、その部分を中心にみていくのが重要であると思います。また、索引をつくっていく過程で見つけた言葉の不統一などを修正しました。さらに、全体をざっと読み直しましたが、思った以上に細かいミスや不自然な表現が残っていることに気づきましたので、それも修正しました。7月24日には二校ゲラ(紙版)を編集者に郵送しました。
 なお、7月9日には出版社のホームページで、拙著のページが作られていました。このときはまだ、タイトル、簡単な内容紹介、ISBNなどのみでした。各種サイトからも予約が可能になっておりました。出版社のTwitterでも紹介がはじまっていました。
 
  • 7月27日〜8月1日、念校ゲラ作業
 7月27日に念校のPDFが、翌日に念校ゲラの紙版が自宅に届きました。返却締め切りは8月1日にしていただきました。
 念校とは、印刷所に送る前の最後の段階の原稿です。二校の修正箇所が正しく修正されているか、索引のページ数が適切にとられているかを中心に確認しました。索引のページ数チェックは思った以上に大変でした。数字が羅列してあるのをチェックしていくのは目にかなりの負担がかかります。固有名詞は機械的にとられているので基本的に取りこぼしは起きにくいと思います。一方、同じ名字、夫婦、兄弟姉妹などの人名項目は取りこぼしがより起きやすいかと思います。
 この過程でとくに大変だったのは、やや抽象的な用語を拾い上げる作業です。たとえば、本書で掲げた研究課題の1つであった「医療実践」という用語を、どこまでを含めて索引にとるかに悩みました。また、「医療宣教師」という語は全編にわたって出てくるので、親項目のページは拾わず、子項目として3つの研究課題に関する見出しを立て、それらだけページを拾うようにしました。その該当箇所を読んでいくだけで、本論の議論がある程度追えるかもしれません。
 修正点をWordファイルにまとめ、8月1日に電子メールで編集者に提出しました。
 
  • 8月2日〜8月4日、装幀・オビの確認
 8月2日に装幀とオビの見本が届きました。事前に(2月末の原稿提出時点で)どういった方向性の装幀が良いのか、どういうのはちょっと違うと思うのかを、法政大学出版局から出ている過去の本を参照して、編集者の方に伝えておりました。希望する装幀としては、淵田仁さんの『ルソーと方法』と守博紀さんの『その場に居合わせる思考——言語と道徳をめぐるアドルノ』を伝えていたのですが、ちょうど担当編集者の方がそのデザインを担当していたということで、話がスムーズに進みました。そのため、装幀の見本が届いた際も、最初からかなりイメージと近い提案をしていただけました。オビについても、本書ホームページ上の内容説明や序論から適切な場所を選んでいただきました。
 8月4日に校了しました。これで編集に関する著者側の仕事はすべて終わりです。
 
  • 8月5日〜8月25日 献本リスト作成、発送
 編集作業は終わりましたが、次は献本リストの作成、発送の準備にとりかかります。献本リストについては、隙間の時間を使って、これより前に少しずつ作っていました。何人かの先生が新年度から所属が変わったりしたケースがあったので、その先生方の新しい送付先住所などをこのタイミングでお伺いしました。また、お世話になった先生だけでなく、書評用に献本する学会なども選んでいきました。そして、8月21日にExcelファイルにまとめた献本リストを編集者に送りました。そのリストをもとに、8月25日から出版社の方から発送をおこなっていただきました。
 また、拙著の情報がこの頃から少しずつ広がっていっきました。ありがたいことに、ブックトーク・合評会にお誘いいただき、日程の調整も進めていきました。これらの情報は自身のresearchmapページの「今後の報告予定」という箇所に随時アップデートしていっていますので、よろしければみてみてください。たとえば、ヒロ・ヒライさんが主宰するYouTubeのチャンネル(BHチャンネル)で、拙著が出来るまでのことについて1時間程度お話しいたしました。
 
  • 8月20日〜、広報活動
 本が出版される前後には、このブログで内容紹介記事(全6回)を書いたりして、広報活動をおこなっていきました。また、所属する機関や学会のうち、近刊情報を載せていただけるホームページがある場合はそこに連絡をとりました。たとえば、京都大学洋学史学会ハーバード・イェンチン研究所などで広報していただきました。
 
  • 8月26日、刊行
 8月18日には見本が完成し、8月25日から各書店への発送が開始されました。そして、無事に8月26日に出版となりました。
 
 以上、かなり長文となってしまいましたが、これが拙著の出版に至るまでの大まかな流れでした。今後、出版を目指される方で、何か質問などがございましたら、わかる範囲でお答えいたしますので、お気軽にご連絡ください。

博論から単著出版まで (2) 拙著の出版助成

 前回は人文系一般の出版助成について説明しましたが、今回の記事では私のケースについて紹介したいと思います。

 私は2019年3月に博士号を取得したのですが、同年4月から在外研究をおこなうことになっていたので、出版助成の準備などに十分な時間をとることが出来ませんでした。代わりに在外研究中は、博士論文には入らなかったトピックや博論執筆中に見つけた他の面白い資料などに基づいて、論文の執筆を進めていました。それに加え、博論の1つのチャプターの1つのセクションを膨らませて、論文を書いていました。
 そのため、ポスドク1年目のときは、春先に1つの出版助成への応募をおこなっただけでした。しかし、残念ながら、これは落選してしまいました。その後、その他の出版助成への応募も考えましたが、海外にいるうちにやれることに集中したかったこと、また、海外にいたので出版社とのやりとりにより多くの手間がかかりそうだと考え、ポスドク1年目ではその他の出版助成には応募しませんでした(もちろん、今はコロナ禍の影響で、オンラインでの話し合いをおこなっている出版社も多くあると思いますので、今であれば違うアクションをとっていると思います)。
 ポスドク2年目(2020年4月〜)からは拠点を日本に戻し、愛知県で非常勤講師をはじめました。また、博論提出後にはじめた新たなトピックの研究を進めていました。帰国して少し落ち着いてきたので、出版助成へ応募しようと考え始めました。このとき、やはり出版社による出版助成を優先したいと考え、春に法政大学出版局学術図書刊行助成に応募しました。提出した原稿は博論の原稿そのままでしたが、提出に必要な要旨は、比較的最近の事象(本書のあとがき部分に書いたようなこと)と関連付けて書きました。そして、ありがたいことに秋に受賞の知らせを受け取りました。同局はもともと医学史分野の書籍を数多く出版しておりましたので、受賞を聞いたときは非常に嬉しく思いました。
 この受賞は幸運であったという以外表現が出来ませんが、受賞出来ていなかった場合の次のアクションとしては、出身大学の学術成果刊行助成科研費・研究成果公開促進費に応募することを考えていました。しかし、出版社を探し、見積もりをとってもらうことに時間がかかることから、応募は翌年度になっていた可能性が高いです。科研費研究成果公開促進費は秋頃が締め切りですので、出版社から見積書をつくってもらうためにも、締め切りより数ヶ月前から準備をする必要があると思います。このあたりの出版社側との準備作業については、前回の記事でも紹介した、青弓社矢野未知生さんの記事(およびそこに掲載されたリンク)が参考になるかと思います。

 次回のエントリーでは、拙著が出版されるまでの実際の流れについて書きたいと思います。

博論から単著出版まで (1) 出版助成について

 今夏に法政大学出版局より『医学とキリスト教——日本におけるアメリカ・プロテスタントの医療宣教』が出版されました。本書の出版までにサポートしていただいた方にあらためて御礼申し上げます。
 この機会に、博論を提出してから単著として出版するまでにどのようなことを進めたのかについて、3回にわけて書きたいと思います。私自身も、今回の出版を通じて初めて知ったことも多かったので、今後出版を目指される方にとって参考になれば幸いです。
 
 今回の記事では、博論を書籍として出版するための方法について書きたいと思います。人文系では、その方法は大きく4つに分類出来るかと思います。
 
 第一が、出版社による出版助成です。具体的には、東京大学出版会南原繁記念出版賞(締め切りは春)、法政大学出版局学術図書刊行助成(締め切りは春)などがあります。いずれも大学出版会による刊行助成ですが、東京大学、法政大学に所属している方だけでなく、誰でも応募することが出来ます(ただし、南原繁記念出版賞は東大教員の推薦状が必要)。2020年には、晃洋書房の創業60周年企画として「すごい博論大賞」という出版助成があり、各所で話題になりましたが、その年限りの企画であったようです。2021年からは、「KUNILABO五周年記念事業・人文学学位論文出版助成」という事業がはじまり、選ばれた著作は勁草書房より出版していただけるようです。KUNILABOには、この企画の意図などが書かれておりますが、こういった制度は初期キャリアの研究者にとっては大変ありがたく、とても素晴らしいと思いました。
 また、特定の大学に所属する(していた)研究者向けの助成もあります。たとえば、名古屋大学出版会の刊行助成のように、中部11県の大学に所属している研究者という比較的広く募集されているケース、九州大学出版会の刊行助成のように、同出版会に加盟する11の大学の研究者を対象にしているケースもあります。
 このカテゴリの出版助成の最大のメリットは、賞を受賞すれば当該出版社より本が出版されるので、自分で出版社を探す必要がないという点です。
 
 
名古屋大学出版会 学術図書刊行助成(助成の情報はページ最下部にあり):中部11県とは愛知県、岐阜県三重県滋賀県静岡県、長野県、福井県、石川県、富山県新潟県山梨県です。
 
 第二が、出版社の完全なバックアップにより出版することです。数としては非常に少ないかと思われますが、研究者の中には、博論執筆の段階から既に出版社と連絡を取り合っており、出版助成などを得ることなく、出版社側の負担で出版に至っている例もあるようです。
 
 第三が、学内の出版助成です。博論を提出した大学には独自の出版助成がある場合が多いと思います。たとえば、私が所属していた東京大学大学院の場合は、「学術成果刊行助成」という制度がありました。場合によっては、ポスドクや特任研究員のポジションで所属している大学の出版助成、あるいは、自身が過去に所属していた大学の出版助成に応募できることもあります。
 このカテゴリの出版助成では、応募に際して事前に出版社と相談し、出版にかかる経費の見積もりをとってもらう必要があります。
 
 第四が、財団・学会による出版助成です。学術図書の出版にあたって、おそらく最も多くの方が応募するのが科研費・研究成果公開促進費です。財団などによる助成としては、アメリカ研究振興会の出版助成などがあります。また、学会でも出版助成をおこなっているところがあり、たとえば、日本哲学会には「林基金出版助成」があります。
 このカテゴリの出版助成も、申請にあたって出版社から事前に見積もりをとってもらう必要があることが多いです。
 
 
豪日交流基金 出版助成プログラム:対象はオーストラリア研究
一般財団法人 高久国際奨学財団 研究助成:対象は国内外における日本の文化・芸術に関する研究
公益財団法人 りそなアジア・オセアニア財団 出版助成:対象は日本とアジア・オセアニア諸国との各種国際交流事業に関する研究
一般財団法人 新村出記念財団 刊行助成:対象は言語学・日本語学およびこれに関連する研究
公益財団法人 アイヌ民族文化財団 出版助成:対象はアイヌの社会や文化に関する研究
一般財団法人 住総研 出版助成:対象は住関連分野の研究
公益財団法人 花王芸術・科学財団 出版助成:対象は美術研究(美術史、芸術運営研究など含む)
公益財団法人 賀川事業団雲柱社 出版助成:対象は賀川豊彦・賀川ハルに関する研究
公益財団法人 日本生命財団(ニッセイ財団) 出版助成対象は心身の健康、児童少年の健全育成の分野にかかわる研究 、高齢者の福祉等の分野にかかわる研究、人間の生活環境、自然環境の分野にかかわる研究 ※ ただし、2021年現在、募集を休止しているようです。
 
 
 以上のように出版の方法はおおよそ4つに分類することが出来ると思います。このうち最後の2つについては、出版社から事前に見積もりをとってもらうという点が、研究者にとっては高いハードルになるかと思います。初期キャリアの研究者の方で、出版社・編集者の方とつながりをもっている方はきわめて少ないと思います。そのため、多くの場合、指導教官、知り合いの先生、先輩などに編集者の方につないでもらうことが多いと思われます。
 もちろん、出版社に直接企画書を送ってみるという方法もあるかと思います。このあたりは、研究者側からはわからない部分も多いと思いますが、編集者側からの考えが記された記事もあります。たとえば、青弓社の矢野未知生さんはいくつか記事を書いており、いずれも非常に参考になります。
 
 
 次回の記事では、私が応募した出版助成について書きたいと思います。

BHチャンネルで拙著『医学とキリスト教』のインタビューが10月8日に公開されます(追記:公開されました!)

 ヒロ・ヒライさんが主宰するYouTubeBHチャンネルで、拙著『医学とキリスト教』のインタビューをおこなっていただきました。10月8日(金)(追記:諸般の事情により11月26日(金)に延期となりました)21時からプレミアム公開されます。プレミア公開では、視聴者が同じタイミングで動画をみながら、チャット欄を通じて交流することができます。ヒライさんや私もチャット欄に参加し、質問への回答や補足などをおこないますので、タイミングが合う方はぜひプレミア公開時にご参集ください。

 当日の話題は、ヒライさんとの最初の出会い、本プロジェクトの着想、日本医学史におけるアメリカ人医療宣教師の位置づけ、アメリカの大学院(イェール大学など)で学んだこと、ジェンダー研究の視点、女性医療専門職、海外での研究発表、次のプロジェクト(海外で活動した日本人女性医師)、本書で注目してほしいポイントなどです。よろしくお願いいたします。

追記:11月26日より公開されました!どなたでもご視聴可能ですので、お時間あるときに是非!

www.youtube.com

拙著『医学とキリスト教』をお譲りします

 昨日出版された『医学とキリスト教』ですが、お世話になった先生方に献本をするにあたって、何人かの先生より、自分は自費で買うので、自分の分は初期キャリアの研究者に譲ってあげてほしいというご連絡をいただきました。個人の経験としても、研究費がない頃は本1冊買うことも非常に悩むこともあったので、その申し出を踏まえ、医学史やキリスト教史に関心をもつ方数人に拙著を無料でお譲りしたいと思います。対象は、大学院進学を希望している学部生の方、修士・博士課程に在学中の大学院生の方、学位論文を執筆中の方(既に学籍を抜いた方も含む)で、かつ、現在研究費(学振など)を受給されていない方にしたいと思います。関心がある方は、藤本(fujimoto.daishi[at]gmail.com)までご連絡いただればと思います。もちろん、私と面識がない方からのご連絡も歓迎です。なお、予定人数に到達し次第、募集を締め切り、この記事でもその旨お知らせいたします。よろしくお願いいたします。 

 

追記(2022年1月19日):2022年も企画継続中です。お気軽にご連絡ください。

 

 

拙著『医学とキリスト教』が刊行されました

 本日8月26日、法政大学出版局より拙著『医学とキリスト教——日本におけるアメリカ・プロテスタントの医療宣教』が刊行されました。

  本書、そして本書のもとになった博士論文を完成させるために、数え切れないほど多くの方からサポートしていただきました。早稲田大学東京大学大学院、イェール大学、ハーバード・イェンチン研究所、ベルリン自由大学、シンガポール国立大学などで出会った方々、医学史、科学史、洋学史、アメリカ史、日本史、グローバル・ヒストリーなどの学会・研究会で出会った方々にあらためて御礼申し上げます。また、本書を完成させるために様々な団体・組織から経済的支援をしていただき、非常に助かりました。そして、学術書の出版が容易ではない状況のなか、出版の機会を与えてくださった法政大学出版局に心より感謝申し上げます。

 ありがたいことに、現在、いくつかの場所でブックトークや合評会のお誘いをいただいております。それも詳細が決まり次第こちらのブログでお知らせしたいと思います。著者としては、このような機会は非常にありがたいものですので、もしそういった企画をしていただける場合はお気軽に藤本(fujimoto.daishi[at]gmail.com)までご連絡ください。もちろん、私と面識がない方からのお誘いも歓迎です。

 なお、本書の概要については、昨日までの6回にわたる記事である程度紹介しました。

紹介記事(全6回)

拙著『医学とキリスト教』内容紹介 (1) 本書の問題意識 - Blog: Hiro Fujimoto

拙著『医学とキリスト教』内容紹介 (2) 医療宣教の開始・拡大・縮小 - Blog: Hiro Fujimoto

拙著『医学とキリスト教』内容紹介 (3) 女性宣教師の活躍 - Blog: Hiro Fujimoto

拙著『医学とキリスト教』内容紹介 (4) 2つの教派の躍進 - Blog: Hiro Fujimoto

拙著『医学とキリスト教』内容紹介 (5) 戦後の医療宣教の発展 - Blog: Hiro Fujimoto

拙著『医学とキリスト教』内容紹介 (6) 残された課題 - Blog: Hiro Fujimoto

 そのため、今回は本書の詳しい内容には立ち入らず、以下で本書の内容紹介と目次を再掲するにとどめたいと思います。

内容紹介
幕末からアジア・太平洋戦争後に至るまで、多くの医師資格をもつプロテスタント宣教師がアメリカより日本に派遣され、医療を通じて人々にキリスト教を広めていった。ドイツの強い影響下にあった明治期以降の日本医学界において、アメリカ人医療宣教師たちはいかにその活動を拡大していったか。日々の診療のみならず、医学・看護教育、慈善事業・公衆衛生事業など多岐にわたる彼らの活動とその変遷を検証する。

目次
序章 アメリカ・プロテスタントの日本宣教と医療宣教

第一章 医療宣教の始まり
 第一節 医療宣教開始の背景
  第一項 海外宣教の始まり
  第二項 日本宣教の始まり
 第二節 最初期の来日医療宣教師
  第一項 ヘボン
  第二項 シモンズ
  第三項 シュミット
 第三節 ヘボンによる医学教育
  第一項 医師の遊学と各藩における英学奨励
  第二項 西洋医学のみを学んだ医師
  第三項 西洋医学キリスト教を学んだ医師

第二章 医療宣教の広がり
 第一節 医療宣教拡大の背景
  第一項 キリシタン禁制の高札の撤去と来日宣教師の増加
  第二項 医療宣教師の活動拠点
 第二節 一八七〇年代の来日医療宣教師
  第一項 イギリス・カナダ出身の医療宣教師
  第二項 ベリー
  第三項 ゴードンとアダムズ
  第四項 テイラー
  第五項 ラニング
  第六項 ギューリック
  第七項 クレッカー
  第八項 A・ヘール
 第三節 医学教育者および宣教師としての活動
  第一項 伝道旅行と現地医師の感化
  第二項 多様な医学教育への関与
  第三項 教会形成への貢献

第三章 医療宣教の変化
 第一節 医療宣教低迷の背景
  第一項 西洋医学を学んだ日本人医師の増加
  第二項 問い直される医療宣教の意義
 第二節 教員および聖職者としての活動
  第一項 キリスト教主義学校と教会の増加
  第二項 アメリカン・ボード
  第三項 アメリカ・メソジスト監督教会
  第四項 アメリカ南メソジスト監督教会
 第三節 ドア・オープナーから実践的慈愛の担い手へ
  第一項 キリスト教主義医学校設立構想
  第二項 実践的慈愛
  第三項 慈善医療
  第四項 医療宣教の縮小

第四章 女性医療宣教師
 第一節 女性医療宣教師来日の背景
  第一項 女子医学教育の広がりと女性宣教師の台頭
  第二項 ミッションにおける女性医療宣教師の活動
 第二節 一八八〇~一八九〇年代の来日女性医療宣教師
  第一項 男性医療宣教師から女性医療宣教師へ
  第二項 カミングス
  第三項 ハミスファー
  第四項 ケルシー
  第五項 バックリー
  第六項 ゴールト
  第七項 スチーブンス
 第三節 医療宣教中止の理由
  第一項 ミッション内部の対立
  第二項 日本人医師の多さ
  第三項 日本人からの圧力
 第四節 医療宣教継続のために
  第一項 日本人支援者
  第二項 アシスタントとしての日本人女性
  第三項 医療宣教がいまだ必要な場所

第五章 宣教看護婦
 第一節 宣教看護婦来日の背景
  第一項 英語圏における看護専門職の始まり
  第二項 停滞する医療宣教と期待の高まる看護婦養成
 第二節 一八八〇~一八九〇年代における看護婦養成と宣教師
  第一項 有志共立東京病院看護婦教育所
  第二項 パーム病院と聖バルナバ病院
  第三項 桜井女学校附属看護婦養成所
  第四項 京都看病婦学校
  第五項 神戸看病婦学校と長野看護婦学校
 第三節 一九二〇~一九三〇年代におけるミッション看護学校
  第一項 日本における看護専門職の発展
  第二項 聖路加国際病院高等看護婦学校・聖路加女子専門学校
  第三項 東京衛生病院看護婦養成学校
 第四節 ミッション看護学校の意義
  第一項 英語圏への留学
  第二項 看護教育を通じた感化
  第三項 ミッション・スクール卒業生のキャリアとしての看護婦

第六章 セブンスデー・アドベンチスト教会の医療宣教
 第一節 教会における医療の位置づけ
  第一項 創始者ホワイトにとっての健康
  第二項 ケロッグの医学思想
 第二節 日本における医療宣教の展開
  第一項 神戸衛生園と神戸衛生院
  第二項 専門部の設立
  第三項 東京衛生病院と布引診療所
  第四項 戦時下の教会弾圧
 第三節 医療宣教発展の要因
  第一項 多様な医療宣教の担い手
  第二項 薬物療法を補完する物理療法

第七章 アメリカ聖公会の医療宣教
 第一節 初期事業
  第一項 トイスラーと聖路加病院
  第二項 医学校構想・実践的慈愛・慈善医療
  第三項 官民との協力
  第四項 病院の拡張
 第二節 国際病院化計画
  第一項 外国人への医療提供
  第二項 日米両国のねらい
 第三節 公衆衛生事業の発展
  第一項 アメリカの医学の振興
  第二項 メディカルセンター
  第三項 特別衛生地区保健館・公衆衛生院
 第四節 国家総動員体制下
  第一項 日本を去る外国人宣教師
  第二項 立教大学医学部新設構想
 第五節 病院での伝道
  第一項 伝道師・チャプレン
  第二項 伝道の様子

第八章 民間からの戦後医療改革
 第一節 アメリカから医学を学ぶ
  第一項 戦後医療改革
  第二項 アメリカの医学への関心の高まり
  第三項 聖路加国際病院と橋本寛敏
 第二節 病院制度
  第一項 「医療法」と病院管理
  第二項 近代病院の条件
  第三項 病院の模範を示す
 第三節 医師卒後研修制度
  第一項 実地修練制度
  第二項 臨床研修制度
 第四節 看護制度
  第一項 看護婦の業務と教育
  第二項 聖路加女子専門学校の発展

第九章 戦後の医療宣教
 第一節 戦後のミッション病院
  第一項 戦後改革と東アジア情勢
  第二項 東京衛生病院
  第三項 日本バプテスト病院
  第四項 淀川キリスト教病院
 第二節 ミッション病院の特教
  第一項 慈善医療と看護婦養成
  第二項 新生児医療と終末期医療
 第三節 チームとしての医療と宣教
  第一項 チーム医療
  第二項 病院チャプレンの台頭と臨床牧会
  第三項 チーム宣教

終章 医学史・ミッション史におけるアメリカ人医療宣教師
 第一節 ミッション内での役割の変化
 第二節 医学教育への関与
 第三節 日本人医師との差別化
 第四節 医療とキリスト教の総合史にむけて

あとがき
文献リスト

事項索引
人名索引

 本書を一人でも多くの方に読んでいただけることを願っております。