博論から単著出版まで (1) 出版助成について

 今夏に法政大学出版局より『医学とキリスト教——日本におけるアメリカ・プロテスタントの医療宣教』が出版されました。本書の出版までにサポートしていただいた方にあらためて御礼申し上げます。
 この機会に、博論を提出してから単著として出版するまでにどのようなことを進めたのかについて、3回にわけて書きたいと思います。私自身も、今回の出版を通じて初めて知ったことも多かったので、今後出版を目指される方にとって参考になれば幸いです。
 
 今回の記事では、博論を書籍として出版するための方法について書きたいと思います。人文系では、その方法は大きく4つに分類出来るかと思います。
 
 第一が、出版社による出版助成です。具体的には、東京大学出版会南原繁記念出版賞(締め切りは春)、法政大学出版局学術図書刊行助成(締め切りは春)などがあります。いずれも大学出版会による刊行助成ですが、東京大学、法政大学に所属している方だけでなく、誰でも応募することが出来ます(ただし、南原繁記念出版賞は東大教員の推薦状が必要)。2020年には、晃洋書房の創業60周年企画として「すごい博論大賞」という出版助成があり、各所で話題になりましたが、その年限りの企画であったようです。2021年からは、「KUNILABO五周年記念事業・人文学学位論文出版助成」という事業がはじまり、選ばれた著作は勁草書房より出版していただけるようです。KUNILABOには、この企画の意図などが書かれておりますが、こういった制度は初期キャリアの研究者にとっては大変ありがたく、とても素晴らしいと思いました。
 また、特定の大学に所属する(していた)研究者向けの助成もあります。たとえば、名古屋大学出版会の刊行助成のように、中部11県の大学に所属している研究者という比較的広く募集されているケース、九州大学出版会の刊行助成のように、同出版会に加盟する11の大学の研究者を対象にしているケースもあります。
 このカテゴリの出版助成の最大のメリットは、賞を受賞すれば当該出版社より本が出版されるので、自分で出版社を探す必要がないという点です。
 
 
名古屋大学出版会 学術図書刊行助成(助成の情報はページ最下部にあり):中部11県とは愛知県、岐阜県三重県滋賀県静岡県、長野県、福井県、石川県、富山県新潟県山梨県です。
 
 第二が、出版社の完全なバックアップにより出版することです。数としては非常に少ないかと思われますが、研究者の中には、博論執筆の段階から既に出版社と連絡を取り合っており、出版助成などを得ることなく、出版社側の負担で出版に至っている例もあるようです。
 
 第三が、学内の出版助成です。博論を提出した大学には独自の出版助成がある場合が多いと思います。たとえば、私が所属していた東京大学大学院の場合は、「学術成果刊行助成」という制度がありました。場合によっては、ポスドクや特任研究員のポジションで所属している大学の出版助成、あるいは、自身が過去に所属していた大学の出版助成に応募できることもあります。
 このカテゴリの出版助成では、応募に際して事前に出版社と相談し、出版にかかる経費の見積もりをとってもらう必要があります。
 
 第四が、財団・学会による出版助成です。学術図書の出版にあたって、おそらく最も多くの方が応募するのが科研費・研究成果公開促進費です。財団などによる助成としては、アメリカ研究振興会の出版助成などがあります。また、学会でも出版助成をおこなっているところがあり、たとえば、日本哲学会には「林基金出版助成」があります。
 このカテゴリの出版助成も、申請にあたって出版社から事前に見積もりをとってもらう必要があることが多いです。
 
 
豪日交流基金 出版助成プログラム:対象はオーストラリア研究
一般財団法人 高久国際奨学財団 研究助成:対象は国内外における日本の文化・芸術に関する研究
公益財団法人 りそなアジア・オセアニア財団 出版助成:対象は日本とアジア・オセアニア諸国との各種国際交流事業に関する研究
一般財団法人 新村出記念財団 刊行助成:対象は言語学・日本語学およびこれに関連する研究
公益財団法人 アイヌ民族文化財団 出版助成:対象はアイヌの社会や文化に関する研究
一般財団法人 住総研 出版助成:対象は住関連分野の研究
公益財団法人 花王芸術・科学財団 出版助成:対象は美術研究(美術史、芸術運営研究など含む)
公益財団法人 賀川事業団雲柱社 出版助成:対象は賀川豊彦・賀川ハルに関する研究
公益財団法人 日本生命財団(ニッセイ財団) 出版助成対象は心身の健康、児童少年の健全育成の分野にかかわる研究 、高齢者の福祉等の分野にかかわる研究、人間の生活環境、自然環境の分野にかかわる研究 ※ ただし、2021年現在、募集を休止しているようです。
 
 
 以上のように出版の方法はおおよそ4つに分類することが出来ると思います。このうち最後の2つについては、出版社から事前に見積もりをとってもらうという点が、研究者にとっては高いハードルになるかと思います。初期キャリアの研究者の方で、出版社・編集者の方とつながりをもっている方はきわめて少ないと思います。そのため、多くの場合、指導教官、知り合いの先生、先輩などに編集者の方につないでもらうことが多いと思われます。
 もちろん、出版社に直接企画書を送ってみるという方法もあるかと思います。このあたりは、研究者側からはわからない部分も多いと思いますが、編集者側からの考えが記された記事もあります。たとえば、青弓社の矢野未知生さんはいくつか記事を書いており、いずれも非常に参考になります。
 
 
 次回の記事では、私が応募した出版助成について書きたいと思います。

BHチャンネルで拙著『医学とキリスト教』のインタビューが10月8日に公開されます(追記:公開されました!)

 ヒロ・ヒライさんが主宰するYouTubeBHチャンネルで、拙著『医学とキリスト教』のインタビューをおこなっていただきました。10月8日(金)(追記:諸般の事情により11月26日(金)に延期となりました)21時からプレミアム公開されます。プレミア公開では、視聴者が同じタイミングで動画をみながら、チャット欄を通じて交流することができます。ヒライさんや私もチャット欄に参加し、質問への回答や補足などをおこないますので、タイミングが合う方はぜひプレミア公開時にご参集ください。

 当日の話題は、ヒライさんとの最初の出会い、本プロジェクトの着想、日本医学史におけるアメリカ人医療宣教師の位置づけ、アメリカの大学院(イェール大学など)で学んだこと、ジェンダー研究の視点、女性医療専門職、海外での研究発表、次のプロジェクト(海外で活動した日本人女性医師)、本書で注目してほしいポイントなどです。よろしくお願いいたします。

追記:11月26日より公開されました!どなたでもご視聴可能ですので、お時間あるときに是非!

www.youtube.com

拙著『医学とキリスト教』をお譲りします

 昨日出版された『医学とキリスト教』ですが、お世話になった先生方に献本をするにあたって、何人かの先生より、自分は自費で買うので、自分の分は初期キャリアの研究者に譲ってあげてほしいというご連絡をいただきました。個人の経験としても、研究費がない頃は本1冊買うことも非常に悩むこともあったので、その申し出を踏まえ、医学史やキリスト教史に関心をもつ方に拙著を無料でお譲りしたいと思います。対象は、大学院進学を希望している学部生の方、修士・博士課程に在学中の大学院生の方、学位論文を執筆中の方(既に学籍を抜いた方も含む)で、かつ、現在研究費(学振など)を受給されていない方にしたいと思います。関心がある方は、藤本(fujimoto.daishi[at]gmail.com)までお気軽にご連絡いただければと思います。もちろん、私と面識がない方からのご連絡も歓迎です。 

追記(2023年1月17日):2023年も企画継続中です。お気軽にご連絡ください。

 

 

拙著『医学とキリスト教』が刊行されました

 本日8月26日、法政大学出版局より拙著『医学とキリスト教——日本におけるアメリカ・プロテスタントの医療宣教』が刊行されました。

  本書、そして本書のもとになった博士論文を完成させるために、数え切れないほど多くの方からサポートしていただきました。早稲田大学東京大学大学院、イェール大学、ハーバード・イェンチン研究所、ベルリン自由大学、シンガポール国立大学などで出会った方々、医学史、科学史、洋学史、アメリカ史、日本史、グローバル・ヒストリーなどの学会・研究会で出会った方々にあらためて御礼申し上げます。また、本書を完成させるために様々な団体・組織から経済的支援をしていただき、非常に助かりました。そして、学術書の出版が容易ではない状況のなか、出版の機会を与えてくださった法政大学出版局に心より感謝申し上げます。

 ありがたいことに、現在、いくつかの場所でブックトークや合評会のお誘いをいただいております。それも詳細が決まり次第こちらのブログでお知らせしたいと思います。著者としては、このような機会は非常にありがたいものですので、もしそういった企画をしていただける場合はお気軽に藤本(fujimoto.daishi[at]gmail.com)までご連絡ください。もちろん、私と面識がない方からのお誘いも歓迎です。

 なお、本書の概要については、昨日までの6回にわたる記事である程度紹介しました。

紹介記事(全6回)

拙著『医学とキリスト教』内容紹介 (1) 本書の問題意識 - Blog: Hiro Fujimoto

拙著『医学とキリスト教』内容紹介 (2) 医療宣教の開始・拡大・縮小 - Blog: Hiro Fujimoto

拙著『医学とキリスト教』内容紹介 (3) 女性宣教師の活躍 - Blog: Hiro Fujimoto

拙著『医学とキリスト教』内容紹介 (4) 2つの教派の躍進 - Blog: Hiro Fujimoto

拙著『医学とキリスト教』内容紹介 (5) 戦後の医療宣教の発展 - Blog: Hiro Fujimoto

拙著『医学とキリスト教』内容紹介 (6) 残された課題 - Blog: Hiro Fujimoto

 そのため、今回は本書の詳しい内容には立ち入らず、以下で本書の内容紹介と目次を再掲するにとどめたいと思います。

内容紹介
幕末からアジア・太平洋戦争後に至るまで、多くの医師資格をもつプロテスタント宣教師がアメリカより日本に派遣され、医療を通じて人々にキリスト教を広めていった。ドイツの強い影響下にあった明治期以降の日本医学界において、アメリカ人医療宣教師たちはいかにその活動を拡大していったか。日々の診療のみならず、医学・看護教育、慈善事業・公衆衛生事業など多岐にわたる彼らの活動とその変遷を検証する。

目次
序章 アメリカ・プロテスタントの日本宣教と医療宣教

第一章 医療宣教の始まり
 第一節 医療宣教開始の背景
  第一項 海外宣教の始まり
  第二項 日本宣教の始まり
 第二節 最初期の来日医療宣教師
  第一項 ヘボン
  第二項 シモンズ
  第三項 シュミット
 第三節 ヘボンによる医学教育
  第一項 医師の遊学と各藩における英学奨励
  第二項 西洋医学のみを学んだ医師
  第三項 西洋医学キリスト教を学んだ医師

第二章 医療宣教の広がり
 第一節 医療宣教拡大の背景
  第一項 キリシタン禁制の高札の撤去と来日宣教師の増加
  第二項 医療宣教師の活動拠点
 第二節 一八七〇年代の来日医療宣教師
  第一項 イギリス・カナダ出身の医療宣教師
  第二項 ベリー
  第三項 ゴードンとアダムズ
  第四項 テイラー
  第五項 ラニング
  第六項 ギューリック
  第七項 クレッカー
  第八項 A・ヘール
 第三節 医学教育者および宣教師としての活動
  第一項 伝道旅行と現地医師の感化
  第二項 多様な医学教育への関与
  第三項 教会形成への貢献

第三章 医療宣教の変化
 第一節 医療宣教低迷の背景
  第一項 西洋医学を学んだ日本人医師の増加
  第二項 問い直される医療宣教の意義
 第二節 教員および聖職者としての活動
  第一項 キリスト教主義学校と教会の増加
  第二項 アメリカン・ボード
  第三項 アメリカ・メソジスト監督教会
  第四項 アメリカ南メソジスト監督教会
 第三節 ドア・オープナーから実践的慈愛の担い手へ
  第一項 キリスト教主義医学校設立構想
  第二項 実践的慈愛
  第三項 慈善医療
  第四項 医療宣教の縮小

第四章 女性医療宣教師
 第一節 女性医療宣教師来日の背景
  第一項 女子医学教育の広がりと女性宣教師の台頭
  第二項 ミッションにおける女性医療宣教師の活動
 第二節 一八八〇~一八九〇年代の来日女性医療宣教師
  第一項 男性医療宣教師から女性医療宣教師へ
  第二項 カミングス
  第三項 ハミスファー
  第四項 ケルシー
  第五項 バックリー
  第六項 ゴールト
  第七項 スチーブンス
 第三節 医療宣教中止の理由
  第一項 ミッション内部の対立
  第二項 日本人医師の多さ
  第三項 日本人からの圧力
 第四節 医療宣教継続のために
  第一項 日本人支援者
  第二項 アシスタントとしての日本人女性
  第三項 医療宣教がいまだ必要な場所

第五章 宣教看護婦
 第一節 宣教看護婦来日の背景
  第一項 英語圏における看護専門職の始まり
  第二項 停滞する医療宣教と期待の高まる看護婦養成
 第二節 一八八〇~一八九〇年代における看護婦養成と宣教師
  第一項 有志共立東京病院看護婦教育所
  第二項 パーム病院と聖バルナバ病院
  第三項 桜井女学校附属看護婦養成所
  第四項 京都看病婦学校
  第五項 神戸看病婦学校と長野看護婦学校
 第三節 一九二〇~一九三〇年代におけるミッション看護学校
  第一項 日本における看護専門職の発展
  第二項 聖路加国際病院高等看護婦学校・聖路加女子専門学校
  第三項 東京衛生病院看護婦養成学校
 第四節 ミッション看護学校の意義
  第一項 英語圏への留学
  第二項 看護教育を通じた感化
  第三項 ミッション・スクール卒業生のキャリアとしての看護婦

第六章 セブンスデー・アドベンチスト教会の医療宣教
 第一節 教会における医療の位置づけ
  第一項 創始者ホワイトにとっての健康
  第二項 ケロッグの医学思想
 第二節 日本における医療宣教の展開
  第一項 神戸衛生園と神戸衛生院
  第二項 専門部の設立
  第三項 東京衛生病院と布引診療所
  第四項 戦時下の教会弾圧
 第三節 医療宣教発展の要因
  第一項 多様な医療宣教の担い手
  第二項 薬物療法を補完する物理療法

第七章 アメリカ聖公会の医療宣教
 第一節 初期事業
  第一項 トイスラーと聖路加病院
  第二項 医学校構想・実践的慈愛・慈善医療
  第三項 官民との協力
  第四項 病院の拡張
 第二節 国際病院化計画
  第一項 外国人への医療提供
  第二項 日米両国のねらい
 第三節 公衆衛生事業の発展
  第一項 アメリカの医学の振興
  第二項 メディカルセンター
  第三項 特別衛生地区保健館・公衆衛生院
 第四節 国家総動員体制下
  第一項 日本を去る外国人宣教師
  第二項 立教大学医学部新設構想
 第五節 病院での伝道
  第一項 伝道師・チャプレン
  第二項 伝道の様子

第八章 民間からの戦後医療改革
 第一節 アメリカから医学を学ぶ
  第一項 戦後医療改革
  第二項 アメリカの医学への関心の高まり
  第三項 聖路加国際病院と橋本寛敏
 第二節 病院制度
  第一項 「医療法」と病院管理
  第二項 近代病院の条件
  第三項 病院の模範を示す
 第三節 医師卒後研修制度
  第一項 実地修練制度
  第二項 臨床研修制度
 第四節 看護制度
  第一項 看護婦の業務と教育
  第二項 聖路加女子専門学校の発展

第九章 戦後の医療宣教
 第一節 戦後のミッション病院
  第一項 戦後改革と東アジア情勢
  第二項 東京衛生病院
  第三項 日本バプテスト病院
  第四項 淀川キリスト教病院
 第二節 ミッション病院の特教
  第一項 慈善医療と看護婦養成
  第二項 新生児医療と終末期医療
 第三節 チームとしての医療と宣教
  第一項 チーム医療
  第二項 病院チャプレンの台頭と臨床牧会
  第三項 チーム宣教

終章 医学史・ミッション史におけるアメリカ人医療宣教師
 第一節 ミッション内での役割の変化
 第二節 医学教育への関与
 第三節 日本人医師との差別化
 第四節 医療とキリスト教の総合史にむけて

あとがき
文献リスト

事項索引
人名索引

 本書を一人でも多くの方に読んでいただけることを願っております。

拙著『医学とキリスト教』内容紹介 (6) 残された課題

 明日26日に出版される『医学とキリスト教』の内容紹介を全6回に分けておこなっています。第6回目となる今回の記事では、終章を取り上げます。

 終章では、序章で掲げた医学史とミッション史からの2つの問いに対して、本論9章の分析を通じて、どのように答えることが出来るかについて書いています。この部分については是非本書を手に取って確認いただければ幸いです。
 終章の最後では、本書で十分に取り上げることができなかったことについても書いています。たとえば、イギリスやカナダ出身の医療宣教師の活動、カトリックによる医療宣教、日本人クリスチャン医師の活動などです。私自身、最近は医療宣教師研究とは少し異なる研究プロジェクトを進めているため、このような残された課題にいつ取り組めるかはわかりません。最近では、Elisheva A. Perelman, American Evangelists and Tuberculosis in Modern Japan (Hong Kong: Hong Kong University Press, 2020)のように、日本の結核の歴史においてクリスチャンの果たした役割を分析した研究もあらわれました。こういった研究とともに、日本における医療とキリスト教に関する様々な観点からの分析が今後さらに進められることを願っています。
 また、医療宣教師に関する日本語での研究書として、最近、曺貞恩さんによる『近代中国のプロテスタント医療伝道』(研文出版、2020年)が出版されました。実のところ、日本よりはるかに多くの医療宣教師が活動した国・地域が他に多くあり、その代表が中国とインドです。今後も様々なフィールドの医療宣教に関する研究成果が出されることを願っており、その際に本書が比較の視点などを与えることが出来れば幸いです。 

  • 関連文献

 

拙著『医学とキリスト教』内容紹介 (5) 戦後の医療宣教の発展

 あさって26日に出版される『医学とキリスト教』の内容紹介を全6回に分けておこなっています。第5回目となる今回の記事では、第8・9章を取り上げます。

  この2つの章では、アジア・太平洋戦争後、アメリカ・プロテスタントによる医療宣教が多様化し、発展していく様子を描いています。戦前から存在した東京衛生病院や聖路加国際病院だけでなく、戦後新たに設立された淀川キリスト教病院(大阪)や日本バプテスト病院(京都)にも注目し、分析しています。
 戦争が終わると、GHQ/SCAPによってアメリカ式の医学教育がもたらされることになります。医学史の先行研究では、GHQ/SCAPによって進められた様々な医療上の改革に関心が集まっていました。第8章では、そういった改革が進められる中、民間ではどういった対応がおこなわれたかに注目し、その事例として聖路加国際病院を取り上げました。戦後の聖路加国際病院には医療宣教師が着任することはありませんでしたが、戦前に医療宣教師トイスラーから学んだ日本人医師らによって、様々な事業が振興されました。具体的には、医師卒後研修、病院管理、看護婦養成などです。聖路加国際病院はいずれの分野でも戦前から活動実績があったので、それぞれの分野で模範的な役割を果たしていくことになります。
 第9章では、ミッションによって設立された病院が、戦後、多様化し、発展していくことを示しています。この章ではとくに医療宣教に関わった多様な医療専門職の存在を明らかにしています。具体的には、これまでの章でみてきたような医師と看護婦だけでなく、栄養士、病院管理者、医療ソーシャルワーカー、病院ボランティア、チャプレンなどです。彼らはチームとなって医療を進め、同時にチームとして宣教を進め、患者たちにキリスト教を伝えようとしました。

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拙著『医学とキリスト教』内容紹介 (4) 2つの教派の躍進

 今月26日に出版される『医学とキリスト教』の内容紹介を全6回に分けておこなっています。第4回目となる今回の記事では、第6・7章を取り上げます。 

  この2つの章では、20世紀に入って医療宣教を大きく発展させた2つの教派に注目しています。それがセブンスデー・アドベンチスト教会アメリカ聖公会です。前者が設立した病院としては東京衛生病院が、後者の設立した病院としては聖路加病院などがあります。それぞれ東京衛生アドベンチスト病院、聖路加国際病院として今日も存続しており、キリスト教系の病院としてよく知られています。1880年代半ば頃から、日本での医療宣教は厳しい時期を迎えていましたが、この2つの教派は20世紀前半に医療宣教を大きく発展させています。
 第8章で取り上げたセブンスデー・アドベンチスト教会は、神戸に神戸衛生園・神戸衛生院を、東京に東京衛生病院をつくっています。それらは水治療法というユニークな治療法で有名になりました。神戸にあった病院には著名人が多く通院・入院していました。たとえば、国際的に知られるキリスト教指導者の賀川豊彦はそこで水治療法を受けています。興味深いことに、セブンスデー・アドベンチスト教会の病院は菜食を奨励しており、この頃の賀川も菜食を実践していました。この部分は本書ではあまり深掘りしていませんが、その後、セブンスデー・アドベンチスト教会はさらに菜食を奨励していきます。同教会がつくったベジタリアン食品製造会社は、今日では三育フーズと呼ばれ、ベジタリアンの間でよく知られています。
 第9章は聖路加病院の20世紀前半の事業を取り上げます。聖路加病院は日本の歴史上で最も大きな成功を収めたキリスト教系の病院と言えるでしょう。その発展に大きく貢献したのがトイスラーという医療宣教師でした。彼はこれまでの医療宣教師の活動を踏まえ、継承できる部分は継承しつつも、これまでの医療宣教師とは大きく異なる方法で病院を発展させていきました。トイスラーの最大の特徴は、彼が様々な業界の有力者と付き合っていた点です。後藤新平(当時逓信相)、大隈重信(当時首相)、渋沢栄一ウイルソン大統領など政財界の要人だけでなく、東京帝国大学の医学部教授などともきわめて良い関係を築いていました。

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