JARS第1回ウェブ対談 「平岡隆二 『南蛮系宇宙論の原典的研究』を語る!」(2013年4月27日、於:Google ハングアウト)

 先週、平岡隆二さんの新刊『南蛮系宇宙論の原典的研究』出版記念イベントが開催されましたが、かなり反響があったようで、今日現在、YouTubeでは400回再生を超え、はてなブックマークも10個もついてしまうという人気ぶりです!ということで、せっかくなので一参加者として会の参加報告的なものをまとめてみようと思います。

JARS第1回ウェブ対談 「平岡隆二 『南蛮系宇宙論の原典的研究』を語る!」2013年4月27日、於:Google ハングアウト by「マルシリオ・フィチーノ」(YouTubeチャンネル)
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研究をはじめたきっかけ:コペルニクス研究から南蛮系宇宙論研究へ [06:34〜]

 最初に、やはり気になることは、本書および本書の元になった博士論文が完成するまでの経緯についてではないでしょうか。平岡さんと言えば、『ミクロコスモス』にコペルニクス研究を寄稿していることからもわかるように、初期近代の科学思想史がご専門でした。これは神戸大学大学院の修士課程のときまでの研究テーマだったそうです。しかしながら本書は、日本に持ち込まれた西洋宇宙論のテクストがいかに受容され、広がっていたかを論じており、西欧と日本との交流史的な研究へとテーマが変わっていることがわかります。そして、このような変化は平岡さんの九州大学時代の出会いから導かれたものであったのです。九州大学大学院の博士課程に進学したことをきっかけに、平岡さんは地の利を活かした研究をしようと思うようになったそうで、九州がキリシタンの世紀の舞台となったこともあり、南蛮系宇宙論に関する研究に関心をもつようになったとのことでした。ただし、ゴメスの『二儀略論』といった南蛮系宇宙論の存在は、既に神戸大時代から横山雅彦先生に教えてもらっていたそうです。そして、九州大学のヴォルフガング・ミヒェル先生の東西交流史のゼミを受けたり、指導教官の高橋憲一先生からラテン語写本読解のノウハウ(略字、パンクチュエーションなど)をマンツーマンで学んだりすることを通じて、東西文化の交流を科学と宗教との関連に着目しながら論じていこうと決意したとのことでした。
 しかしながら、それまで主としてラテン語テクストの検討をおこなっていたため、西洋宇宙論の受容や波及を論じるには日本語の写本を読む能力が必要となります。そんななか、たまたま院生室で一緒になった日本史専攻の院生から古典籍などの読解法を教えてもらうことができ、また幸いにも南蛮系宇宙論は楷書体で書かれており読みやかったこともあったため、日本語史料も取り扱うことができたそうです。ただし、南蛮系宇宙論のテクストがどれほど広がっていき、受容されたかを明らかにするには、テクストの読解能力だけでなく、文献学的に調査するスキルも学ばなくてはなりませんでした。残念なことに、科学史の分野では和算研究を除いて、このような方法論を採用する先行研究がほとんどありませんでした。そのため、国文学研究、とくに、源氏物語研究で有名な池田亀鑑氏の研究から、方法論的な部分を多く学んだそうです。こうして、複数言語の写本を文献学的に調査するという、科学史において非常に独創的な研究が生み出されるに至ったのです。
 なお、当然ながら、平岡さんはこれまでの通り初期近代の思想史研究からも日々多くを学んでいたそうです。とくに、ヒロ・ヒライさんがBibliotheca Hermetica(通称BH)に綴っていた日記記事を、同僚の菊地原洋平さんと毎日のようにチェックしながら、刺激を受けていたとのことでした。また、平岡さんが第1章を書いているとき、ちょうどヒライさんがBHで宇宙神学のフランス語文献を紹介しており、そこで扱われていた「自然という書物」や「デザイン論」といった宇宙神学的なトピックが宣教師のテクストにも確認でき、その思想史的な文脈のつながりに気づいたそうです。そして、BHマインドであるインテレクチュアル・ヒストリーとして南蛮系宇宙論を捉えるという視点を得ることができたのでした。実際、これまでのキリシタン史では、西洋の思想を当時のコンテクストを含めつつ議論した研究はあまり多くなかった一方、本書その思想史的文脈をしっかりと踏まえた上で、南蛮系宇宙論のテクストを検討したのでした。
 本書のまた別の特徴として、全国多くの資料館で写本を調査したことがあげられるでしょう。史料調査というのは、非常にお金がかかることですが、 ちょうど「江戸のモノづくり」プロジェクト(科研、2001年〜2005年)に参加できたためにその調査が可能になったそうです。このプロジェクトのなかの、数学班のリーダーが佐藤賢一先生(電気通信大学)で、ある意味で「兵隊」として全国の目録調査をし、それを通じて南蛮系宇宙論の調査も進めることができたそうです。そして、そこでの縁もあって長崎歴史文化博物館で就職することになったそうです。

タイトルの南蛮「系」宇宙論、原典「的」研究に込められた意味 [39:57〜]

 
 次に、より具体的に本書の内容に関することについて紹介がありました。本書のタイトルを見た方はもしかすると、一瞬、「ん?」と思うかもしれません。まず、「南蛮系宇宙論」という言葉は、なぜ「系」がついているのか、単に「南蛮宇宙論」ではだめだったのでしょうか。このときに参考となるのが、同じくキリシタンの世紀に日本に持ち込まれた医学との違いです。平岡さんがミヒェル先生と相談していたとき、ミヒェル先生から南蛮医学は西洋医学を指し、それを受容した日本人たちは自らの医学を南蛮「流」医学と称していたことを教えてもらったそうです。そのため、もし南蛮宇宙論という言葉を使ってしまうと、それはすなわち西洋の宇宙論を指し、日本でいかに受容されたかを検討する平岡さんのねらいとは少しずれてしまうことになります。ただし、西洋の宇宙論を見知った日本人たちは、医師たちとは違い、それを南蛮流宇宙論と称するまでにはなっていなかったので、ここでは南蛮系宇宙論と呼ぶことにしたそうです。
 一方、タイトルにある「原典的研究」という言葉は、英語のテクスチュアル・スタディーズの翻訳としてあてたものだそうです。「原典研究」としてしまっては、西洋のオリジナルテクストのみが対象になってしまい、それは平岡さんが全国の広がりを明らかにしようとする目的とは異なってしまいます。そのため、原典的研究としたということでした。なお、この言葉にはテキスト・クリティークあるいは文献学的な研究であるというニュアンスも込めているそうです。

思想史的観点からの質問いくつか [47:05]

 〔南蛮系宇宙論テクストの中には、翻訳せずに音写しているだけのものもかなりあるが、なぜ翻訳しなかったのか?〕当初、宣教師たちはデウスを大日と訳していたらしいのですが、そうすると日本人は神を仏教と関連づけて誤解してしまうことがあったため、結局、原語処理がなされるようになったとのことです。そして、あるときは「アニマ・ラショナーレ」といったかなりテクニカルなタームも、そのまま音写されて記されていたようです。
 〔イエズス会は西洋では感情に訴える方法をとったものとして有名だったが、日本ではイエズス会はむしろ理性に則った訴えをしていた点が興味深い。〕折井善果氏が『キリシタン文学における日欧文化比較――ルイス・デ・グラナダと日本』で強調されているように、イエズス会は理性に訴えるだけでなく、説教における演出や、感情に訴えるような弁論術も活用しようとしていたそうです。
 〔イエズス会の活動に関連して、先日のルネサンス学会(於:サンディエゴ)で、阿部隆夫氏(山形県立米沢女子短期大学)が、17〜18世紀のイエズス会によるカナダ・南米布教が、日本での布教経験を非常に活かしていたことを指摘していた。〕実際、キリスト教禁制後に日本を追われたイエズス会士たちは、マカオからベトナムへと布教活動を進めていったそうですが、そのときには日本と同じように、『天球論』などの西洋宇宙論を布教の手がかりとして位置づけていたとのことです。最近では、高橋裕史氏の『イエズス会の世界戦略』をはじめとして、イエズス会の戦略性が注目されつつあるので、今後はそういった研究を学びつつ研究を進めたいとのことでした。
 〔布教時における宇宙論への期待とは対照的に、医学はあまり活用されなかったのか?〕イエズス会は実践的な医療行為をあまり進めておらず、アルメイダの病院にあるように、精神的な医療行為(慈善・救済)ぐらいしかおこなっていなかったようです。〔布教を幅広く進めるためには、下の人よりも上の人から進めようとしていたこととも関連があるか?〕そういった事態は「上からの布教」としてテクニカルタームとして利用されますが、イエズス会の日本での布教活動においてそれは一貫して守られていたとのことでした。そのため、宣教師は領主に取り入ろうとしたのですが、領主側もキリスト教を部分的に許すことで西洋との貿易を進めようと考えている節もあったそうです。なお、貿易とキリスト教との関わりについては、既に高瀬弘一郎氏(慶應義塾大学名誉教授)の『キリシタン時代の貿易と外交』が詳細に検討しているとのことでした。

今後について:南蛮系宇宙論から捉え直す西欧思想史研究・ルネサンス研究 [1:16:48〜]

 以上のように、本書はキリシタンの世紀における西洋と日本の科学・宗教の交流史をテーマとしていることからも、多くの読者が関心をもつことでしょう。とりわけ、西欧の思想史を南蛮系宇宙論という観点から捉え直すことで、海外のルネサンス研究に新たな視点を提供することになるかもしれません。そして、その歴史的な瞬間を来年のルネサンス学会でみられることになるでしょう!しかし、その前に、7月19日の駒場科学史講演会(於:東京大学駒場キャンパス)で平岡さんがご講演されますので、是非ともご参加ください!

参考エントリ・文献

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ミクロコスモス 初期近代精神史研究 第1集

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キリシタン時代の貿易と外交

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