着々と増加するハンセン病への関心:芹澤良子「統計書から見た植民地台湾における医療政策」(2008)
あさって日曜日に、神奈川県立公文書館で「医療をめぐるアーカイブズ」という研究会(日本アーカイブズ学会主催)がおこなわれます。鈴木晃仁先生と芹澤良子氏という、医療アーカイブズに造詣の深いお二人が登壇されるとのことで、既にワクワクしておりますが、研究会の予習もかねて芹澤さんの研究論文をまとめました。
なお、研究会の詳細は以下リンクをご参照ください。
http://www.jsas.info/modules/news/article.php?storyid=109
芹澤良子「統計書から見た植民地台湾における医療政策――ハンセン病療養所創設以前の時期を対象として」『人間文化創成科学論叢』11、2008年、121-132頁。
http://teapot.lib.ocha.ac.jp/ocha/handle/10083/34651
(上記リンクより無料閲覧・DL可能)
日本統治下の台湾では、ハンセン病に対する医療政策は長らく積極的な対策が講じられていなかったとされる。実際、同じ時期の内地では、1907(明治40)年に「癩予防ニ関スル件」が発布され、全国に癩療養所が設置されているが、台湾で同様の施策が進められるのは1920年代後半からであった。具体的には、1930年にはハンセン病療養所が設立され、1934年に「台湾癩予防法」が施行されたことにより、内地のそれに追いついている。そこで本論文は、具体的な施策としてはあらわれることのなかった、1910年代からのハンセン病対策に対する関心の増加を、台湾総督府の『統計書』における医療政策全般について検討することで明らかにすることを試みている。
『統計書』という資料は台湾総督府が発行していたものであるが、本論では特にその衛生に関する統計が緻密に分析されている。最初の統計書では、1897年の調査内容がまとめられ、1889年に発行されたが、それには7つの衛生に関する項目が含まれていた。すなわち、衛生機関・病類別・伝染病・性病・阿片・海港検疫・水道である。その後の統計書ではその項目に変更が加えられていくが、そこに著者は台湾総督府の医療政策の変化を見いだそうとするのである。たとえば、『統計書』における最初の大きな変化は、1905年調査の『第九統計書』に確認出来る。そこでは、台湾における「二大害悪」の一つとされた「阿片吸食」が再掲され、同時に、それを禁止する役目を期待された「公医」たちの治療実績が掲載されるようになった。
次に、統計書の「患者病類別」という項目に特に注目し、台湾総督府の各疾病に対する見方の変化が指摘される。「患者病類別」には、伝染性病、神経系及五官病、呼吸器系病など器官別の一般的な分類が掲載されていた。基本的に、「患者病類別」の項目は長い間維持されていたが、1923年調査の『第二十七統計書』ではより細分化されることで、項目の大規模な改正が加えられている。たとえば、「伝染病」と記されていた項目は、「決定伝染病」と「其ノ他ノ伝染性疾患」となっている。この分類の背景には、1922年に公布された「伝染病予防法」があったと推定されている。
著者が最も注目するのは、上記の「患者病類別」のなかで、一般的な疾病分類の他に掲載された、個別の疾病のデータについてである。それらは時期によって異なっているが、たとえば、日清戦争で日本軍が苦しめられたマラリアや脚気は、最初の統計書に既に確認される。つまり、台湾総督府の関心のある疾病が、特定疾病として別個に統計書に掲げられたのである。
そのことを踏まえ、著者は個別疾患としてハンセン病が掲載されたことに着目し、そのデータの分析をおこなっている。これまで台湾総督府によるハンセン病対策は、1920年代後半から積極化されたと考えられていたが、実のところ、その前から既にハンセン病への関心は高まっていた。たとえば、1905年調査の『第九統計書』には当時その対策が喫緊の問題となっていた脚気、マラリア、結核が個別疾患として掲げられているのに加え、癩病、花柳病、甲状腺腫が掲載されている。その後、1915年調査の『第十九統計書』では公医によるハンセン病治療者数の推移状況が掲載され、翌年の統計書には官立病院での治療実績も掲載されはじめた。同時に、1910年以降は数年おきに、全島規模でのハンセン病患者の調査がおこなわれはじめるなど、明らかにハンセン病への関心を増加させていったのである。
このように、台湾総督府によるハンセン病対策について、著者は『統計書』を分析することで、その関心の萌芽を1910年代に見いだしたのであった。
参考文献
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