科学史におけるオーラル・ヒストリー研究のサーヴェイ:Doel "Oral History of American Science"(2003)

Ronald E. Doel, "Oral History of American Science: A Forty-year Review," History of Science, 41, 2003, pp. 349-378.
http://adsabs.harvard.edu/full/2003HisSc..41..349D
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 科学史という分野では、1950年代後半よりオーラル・ヒストリー(以下、OH)に関する研究が進められてきた。たとえば、コロンビア大学による先駆的な活動や量子力学アーカイブズ(Archives for the History of Quantum Physics; AHQP)などがあり、とくに後者は『科学革命の構造』(1962年)を完成したばかりのトーマス・クーンも参加したOHプロジェクトとして有名である。この段階のOHでは、その関心は科学者たちの研究成果をきちんとしたレポジトリやアーカイブズに入れることを奨励することにあった。そういった枠組みをつくったAHQPでは、1920年代に活躍した著名な量子力学者たちが年老いてきてしまっているために、彼らのバイオグラフィーをつくることを志向したインタビューがおこなわれたのである。しかしながら、そこでOHが主として対象としたのはいわゆる科学のインターナル・ヒストリーであった。つまり、聞き取り内容は科学者の知識に関する側面が中心で、それに影響を与えた文化的・制度的・知的・政治的要因については検討されなかったのである。
 そんななか、エクスターナル・ヒストリーに関する科学史に注目するOHが1980年代より進められていく。たとえば、1976年から1980年の間におこなわれた現代天体物理学史資料(Sources for History of Modern Astrophysics; SHMA)では、科学者のキャリア形成と彼らの幼少期の環境との関連に関心が寄せられた。そこでおこなわれた天体物理学者たちのインタビューからは、祖父からの影響で幼少期に読んだ本や、学校で受けた科学の授業が自らのキャリアを方向付けたということが聞き取られたのであった。また別の例として、1986年から1992年の間におこなわれたスミソニアン・ビデオヒストリ−・コレクション(Smithonian Videohistory Collection)では、実際に実験をしたり、フィールド調査をおこなう科学者たちの「暗黙知」の部分を、映像資料によって描き出すことが試みられた。こうして、科学史においてもOH研究が進み、現在、アメリカ国内では少なくとも2500名以上の科学史に関わる人々のOHが残され、それらのインタビュー時間は合計で1万時間を超えるという。今後、欧米ばかりに偏った科学史のOHが世界中に広げられること、あるいは、多分野間で共同したOHプロジェクトの進展が期待されている。

参考

アメリカ・カナダにおける現代科学史の主要なオーラル・ヒストリーのアーカイブズプロジェクト