地域の情報センターと生涯学習施設としての公文書館:井上麻依子「市民に向けた文書館普及活動の提案(2007)

 アーカイブズ・カレッジの修了論文を執筆していくにあたって、過去の受講生による修了論文で、それがのちに学術誌に掲載されているものを読んでいます。本論文は2005(平成17)年度の修了論文を元にして書かれたものだそうです。こちらも、AC修了論文用参考文献です。

井上麻依子「市民に向けた文書館普及活動の提案――埼玉県立文書館における普及活動の現状と課題から」『国文学研究資料館紀要アーカイブズ研究篇』3、2007年、75–97頁。

 市民にとって公文書館の価値とはなにか。著者は、埼玉県立文書館の取り組みを参照することで、その問いに対して文書館の立場からではなく、一市民の視点から答えようとする。つまり、地域で文書館がもつべき価値とは、地域の情報センターであること、そして、生涯学習を提供する場であることである。前者について、市民に供する資料の収集・保存・整理などは、まさにこれまでの公文書館がおこなってきたことであるため、あまり議論すべきことはない。一方、後者については、図書館や博物館に比べると、まだまだ文書館が生涯学習施設であるという認識は一般に浸透していない状況である。そのため、文書館の機能を人びとに知ってもらうための普及活動をいかにおこなっていくかべきかを議論していく必要がある。
 そういった普及活動の取り組みとして、本論文は埼玉県立文書館のケースを手がかりに、そこでの実態と課題について検討している。たとえば、埼玉県立文書館の普及活動として、およそどの文書館もおこなっている「古文書解読講習会」があげられる。著者が実際にこの講習会を受けたときには、およそ100人ほどの参加者がおり、その多くは生涯学習に興味をもつ高齢者であり、とても盛況しているように思える。しかし、そこには課題もあり、たとえば、せっかく古文書をそこで学びながらも、それが実際に文書館の資料の閲覧請求につながることが極めて少ないそうである。つまり、上でみた公文書館のもつべき二つの意義が、切り離されてしまっているのである。そのような現状を打破するために、著者は古文書の読解法を教示するだけでなく、もっと公文書館自体の説明をしてはどうかと提案する。たとえば、既に別の普及活動としておこなっている「文書館利用体験講座」を、古文書教室が終わったあとに一時間ぐらいで任意受講で提供することなどである。それにより、文書館がどういったところであるか、原本を扱うことがいかに魅力的か、そして史料保存がいかに重要であるかなどを教えるのである。そうすることで、図書館や博物館と同様に、公文書館も市民にとって価値あるものであるという認識を広めていくべきだと主張するのであった。

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