核時代の記憶と記録――原爆アーカイブズの保存と活用(2011年11月20日、於:学習院大学)

昨日、学習院大学で行われた「核時代の記憶と記録――原爆アーカイブズの保存と活用」という国際シンポジウムに行ってきました。
http://www.jsas.info/modules/news/article.php?storyid=86

以下、当日の報告内容を簡単にメモしておきます。

報告

ウィリアム・J・シャル(テキサス大学名誉教授)「原爆傷害調査委員会(ABCC)科学者コレクションの重要性」

最初の報告者は、遺伝学・公衆衛生学の権威であり、長年にわたってヒロシマナガサキにおける被爆の影響について研究を行ってきたシャル氏でした。

氏の報告は、医学者という立場から、原爆傷害調査委員会(ABCC)の経緯の説明をおこない、そして、今日においてABCC関連資料を収集・保存することの意義について述べたものでした。

なお、彼の持っていたコレクションは、遺伝学関連のものは米国哲学協会(APS, American Philosophical Society)のデジタルコレクション(http://www.amphilsoc.org/library/digcoll)に、その他の原爆・ABCC関連資料はテキサス医療センター図書館(http://www.library.tmc.edu/)などに寄贈されたそうです。

フィリップ・モンゴメリー(テキサス医療センター図書館アーキビスト)「核時代の記憶としてのテキサス医療センター図書館ABCCコレクション」

次に、モンゴメリー氏は、テキサス医療センター図書館の歴史や図書館所蔵の実際の資料などの紹介をされていました。

例えば、ABCC医学部門のチーフでもあったWilliam Moloneyの研究・診療日誌(http://mcgovern.library.tmc.edu/collect/manuscript/Moloney/)や、医学者アワ・アキオが記したマンガなど、興味深い資料を紹介されていました。

一方、資料管理の問題についても言及されていました。例えば、マニュスクリプトを文字起こしすることにかかる費用、あるいはそれを日本語に翻訳することの費用について説明されました。また、テキサス医療センター図書館では、英語・日本語両方での資料公開を目指されているとのことでした。

なお、懇親会のときに、その他のコレクションについてモンゴメリー氏にお伺いしたのですが、医学的な記録・データなどは保存されているそうですが、例えば、医療機器などは全く保存していないということでした。
今日の科学史学では、測定機器などの位置づけはますます重要になっていると思われますし、放射線医学という分野においては医療機器は非常にポイントとなってくると思いますので、今後、この種のタイプの「資料」も収集・保存を進めていってほしいですね。

高橋博子(広島市立大学広島平和研究所講師)「国を超えての原爆アーカイブズの保存」

最後の高橋氏は、広島市立大学広島平和研究所(http://www.hiroshima-cu.ac.jp/modules/peace_j/index.php)の講師で、先日出版された高橋博子「原爆・核実験被害関係資料の現状――ABCC・米軍病理学研究所・米原子力委員会」『歴史評論』739、2011年、5-19頁をもとに報告されました。

例えば、1947年に設置されたABCCの設立経緯、被爆被爆資料の利用目的、さらにはそういった資料がどこに移管・保存されているかについて説明されました。
米国の公文書を引用しながら、高橋氏は「被爆資料は医学の向上や被爆者の救済、つまり人類そのもののために使用されてきたわけではない」[高橋2011:8]という主張をされていましたが、この点についてはもう少し幅広く資料をみなくてはいけないだろうと思います。
特に、医学者自身が実際にどう考えていたかを知るためには、先ほどのWilliam Moloneyなど、当時の医学者の日誌資料を参照することは欠かせないでしょう。


以上、ある意味ではかなり報告内容が重なっていた3つの報告が、共通して主張していたことは、(1)関連資料の保存がまだまだ不十分、(2)資料の公開も法的な問題があって進んでいない、(3)以上の問題を解決するためにも、全人類の共通財産としてそれらの保存・公開を求める姿勢が重要である、とまとめられるでしょう。

感想

さて、ABCC資料のことなど、はじめて聞く話がたくさんあって、非常に勉強になったシンポジウムでしたが、個人的な感想もいくつか記しておきたいと思います。

第一に、資料保存・活用の意義を訴えることももちろんですが、もう少しアーカイブズ学のテクニカルな話を聞きたかったというのがあります。
今回は、参加人数もそれほど多くはなく(定員は80名とあったが、そんなにいたかな?)、参加者の多くはアーカイブズ学などの関係者、あるいは、この科研の報告会などに継続的に参加している現役の科学者の方などであったと思われます(ソースはシンポジウム終了後の懇親会)。
そうであれば、やはり、それぞれの現場で出てきた資料整理・公開などに関する問題や対応・テクニックなどをフロアで共有し、他の分野の研究者にヒントを求めたり、あるいは他の分野の研究者に向けて、自らが学んだ対処法などの応用可能性を提示すべきであったのではないでしょうか。
(もちろん、科研費のシンポジウムであるため、テーマ設定などに際して色々な制約があったと推察されますが…)
報告の結論部分が三者とも、資料公開に関する制度批判や、人びとの資料公開を求める意識の低さを暗にほのめかして終わっていた点が少々残念に思えました。

第二に、ABCCの調査に関する歴史研究は、科学史や医学史にとっても重要な研究分野であるにもかかわらず、この分野からの参加者が少なかったのが少々意外でした。
報告者の方は、所々で科学史分野との連携の必要性を述べられていましたが、それに対してフロアからの応答が出なかったのは、せっかくのシンポジウムであるのに非常に残念に思いました。
もちろん、僕はこの研究テーマについて、ほとんど知識を持ち合わせていないため、実際はこういった研究を行っている科学史家・医学史家が多くいるとは思いますし、僕もこのテーマについて、少しずつでも勉強していかなくてはならないでしょう。
なお、シャル、モンゴメリ両氏とも、たくさんの日本人研究者にテキサス医療センターのコレクションを訪れてほしいとおっしゃっていたので、僕もアメリカに行く機会があれば是非テキサスに行ってみたいと思いました。(笑)


さて、最後に、国文学研究資料館の方と懇親会のときに少し話したことをメモしておきます。
国文学研究資料館ではアーカイブズ・カレッジ(http://www.nijl.ac.jp/pages/event/seminar/)という資料保存などの技術に関するセミナーを開催していますが、科学史関係の人はほとんど参加されていないとのことでした。
先ほど、モンゴメリー氏のところで少し書きましたが、科学史学においては重要な位置づけとなっている測定機器などは、多くの方にとっては依然として二次的な位置づけしか与えられていないと思われます。
ということで、感想の二つ目で述べたことと重なりますが、科学史研究者の側からも、今後、積極的にアーカイブズ学へと歩み寄っていかなくてはいけないのでしょう。
なお、僕個人としては、測定機器・医療機器などはもちろん、一次史料でさえ、その保存・整理を行う能力はまだまだ不十分ですので、来年の夏、機会があればアーカイブズカレッジに応募してみたいと思っています。
まぁ、修論で忙しいかもですが…(笑)