イギリスにおける障害の歴史研究とパブリック・エンゲージメント:Borsay "Disability and Industrial Society" (2012)

 英国ウェルカム財団が発行している一般向けの医学史雑誌『ウェルカム・ヒストリー』誌の最新号が届きました。今回はその中からアン・ボルセイ(ウェールズスウォンジー大学)による「障害と産業社会」に関する記事を読みました。なお、この記事は他の記事のようにある研究トピックを紹介するといったものではなく、彼女を中心とする現在の研究プロジェクトの紹介となっています。

Anne Borsay, "Disability and Industrial Society: A Comparative Cultural History of British Coalfields, 1780-1948," Wellcome History, 50, 2012: 12.
http://www.wellcome.ac.uk/About-us/Publications/Wellcome-History/
上記サイトから無料閲覧・DL可能

 著者のボルセイは障害をめぐる社会政策の歴史を専門とし、イギリスにおける当該分野の中心的な人物である。本小論は、そのボルセイがウェルカム財団のサポートを得て、多くの共同研究者と共に2011年10月から開始した5年間の一大プロジェクトの計画である。
 このプロジェクトにおける問題設定は、1780年から1948年までの間、障害の文化的な認識・経験の形成に産業化がどれほど重要であったのか、を問うことにある。そして、このことを南ウェールズ、北東イングランドスコットランドのそれぞれの地域にある炭鉱の比較史という方法論によって試みようとしている。プロジェクトはさらに4つのテーマに分けることができる。すなわち、(1)経済的・技術的発展による影響、(2)医療福祉サービスの役割、(3)政治・労働組合主義・社会関係の結果、(4)炭鉱におけるナラティブに対しこれら歴史的要因のもったインプリケーションである。なお、本プロジェクトでは身体・感覚障害や慢性疾患は対象に含まれているが、精神障害発達障害は含んでいない。
 このプロジェクトのさらなる特徴は、障害当事者や専門家、一般大衆に向けた「パブリック・エンゲージメント」を積極的に行おうとしている点であろう。まず、2012年にウェールズ、2013年に北東イングランドスコットランドで炭鉱における障害というテーマで映画上映を行う予定である。次に、炭鉱における障害の歴史研究で明らかになったサービス供給者・需要者間の関係を踏まえて、社会福祉の専門家向けのワークショップを開催し、障害当事者との議論の場を設ける。さらに、2015-2016年にはスウォンジーウォーターフロント国立博物館で、炭鉱における障害をテーマに展示会を開催する。最後に、特設ウェブサイト上でプロジェクトの成果を公表し、人々からコメントを求める予定である。

 障害の歴史という研究分野はイギリスでは大いに発展しているが、以上のような大規模な研究プロジェクトの存在は、まさしくそのようなイギリスの状況の証左と言えるだろう。

関連文献

Disability and Social Policy in Britain since 1750: A History of Exclusion

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Social Histories of Disability and Deformity: Bodies, Images and Experiences (Routledge Studies in the Social History of Medicine)

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