主体的に情報を集める民衆:高部淑子「日本近世史研究における情報」(2002)

 10年前に書かれた、近世日本史における「情報」研究のサーベイ論文を読みました。この間、本論文で紹介された論文がかなり書籍化されており、研究の進展がうかがえます。

高部淑子「日本近世史研究における情報」『歴史評論』630、2002年、28-39頁。

 日本近世史における「情報」への着目の仕方は、大きく二つに分類できる。第一に、かわら版などの研究を通じ、のちに新聞メディアなどにつながるようなメディアの発展史を描くことである。第二に、民衆が世間の情報や噂話などを集め、その行動が幕末期に全国的に広がっていくのを描き出すことである。とくに後者が近世日本史研究へ与えたインパクトは大きく、それにより、情報へのアクセスが制限されていたというこれまでの民衆像が描き直されることになる。たとえば宮地正人は、幕末維新期の民衆が政治に関する情報を「風説留」として主体的に収集しており、それが近代社会の「公論」の前段階となっていると指摘している。
 今後の研究課題として、これまでは情報のネットワークの広がりに注目が集まっていたため、その情報の内容をより詳しくみていくことが挙げられる。あるいは、情報の伝達を可能にした「飛脚」が、実際にどのような活動をしていたかは知られていない。さらには、各時代を統一的に眺める視点も必要である。近世日本史では民衆の情報収集が注目されてきたが、近代史では郵便や電信などのメディアの発達が注目され、中世史では国家・社会の一要素として情報が位置づけられるなど、共通の話題が設定されていない状況である。

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