アカデミア内部における科学史の位置づけの変化と外部との協働:Nyhart "The Shape of the History of Science Profession, 2038"(2013)

 6月24日(月)に迫ったIsis Focus読書会に向けて、自分の担当箇所のレジュメをつくりました。今回の特集は「科学史の未来」です。なお、読書会はどなたでも、(Google+を通じて)どこからでも参加可能ですので、参加希望の方は藤本にまでお気軽にご連絡ください。詳細は下記リンクをご覧ください。(最新情報はFacebookページの方により早く更新されます。)

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Lynn K. Nyhart, "The Shape of the History of Science Profession, 2038: A Prospective Retrospective," Isis, 104(1), 2013, pp. 131-139.
http://www.jstor.org/stable/10.1086/669850
※ 上記リンクから無料閲覧・DL可能

 科学史学は2038年にどのようなものになっているだろうか。学会での会議の内容は複数言語に同時通訳され、ウェブ配信を通じて遠隔地からの参加が可能になっているかも知れない。ともあれ、これからの25年は科学史学にとって大きな転換点となるだろう。本論文は、2038年の科学史学会大会で、それまでの25年間のアメリカにおける科学史学の動向を科学史学会長が振り返ったという体で記されたもので、このような創作を通じて科学史学の未来を大きく二つの観点から語っている。
 第一に、アカデミア内部の変化について、知に関するアカデミックな機関を中心に論じられる。2010年代頃までには、諸科学はこれまでのように専門分化されていたものから、より学際的な分野に変容をとげているだろう。それと並行するように、科学史学もまた学際的なものとなり、ある科学史家は理系の学部に、また別の者は西洋文明化プログラムに、さらにはリベラルアーツに配置され、科学史家のホームグラウンドを欠くことになるかもしれない。ただし、他分野に比べると科学史学への影響は限定的だろう。というのも、2010年代後半にはおそらく多くの学部は動植物・食物論、地球・環境論、言語・文化論、ジェンダーセクシュアリティ論といったように学際的に再編されてしまうだろうが、科学史はもともと学際的であったために大きな変化は被らないと考えられるのである。一方、この流れの中で科学史の新たな可能性が見いだされる。というのも、北米の技術指向型の機関では、中国での科学・技術カリキュラムが必ず西欧科学・哲学を含んでいたことに倣って、科学技術史が新しい人文系コアカリキュラムとして注目されうるかもしれないからである。
 第二に、アカデミックと非アカデミックとの関係性について論じられる。2010年代初めより、科学史家は一部の大学院生のための教育に集中するのではなく、アカデミア外の社会ネットワークともつながりをつくるべきと主張されるようになった。そのような活動を積極的におこなってきた機関として、ここでは「科学遺産センター」という仮想の施設が注目される。このセンターは科学史の研究を教育・学習とうまく融合させた画期的な事例として描かれている。そこでは伝統的な科学史の教育プログラムを提供するのに留まらず、たとえば、ボストン美術館などと連携して展覧会をおこなったり、最新のバーチャルリアリティ技術を駆使したりすることで、科学史の体験学習やパブリック・エンゲージメントがおこなわれている。このようなアカデミア内部から外へのアウトリーチに対し、アカデミア外部から科学史への接近も考えられ、その筆頭としてゲーム産業があげられる。たとえば"Civilization"というPCゲームは、プレイヤーが科学技術の諸要素を選択し、現実とは違った文明化の歴史を作るゲームである。このように作られた歴史は、非専門家によって描かれた「市民科学史」とでも呼びうるだろう。このような二つの事例が、アカデミアと非アカデミアとの協働の方向性の参考として提示されるのであった。

関連リンク

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論文内では科学遺産センターという仮想機関が登場していましたが、それは主に昨今の化学遺産財団による活発な活動にインスパイアされてのことでしょう。

Civilization® VI – The Official Site

「市民科学史」の事例であげられていたゲームです。