Isis Focus 読書会 #11「学問領域を整理する:科学史における分類」(2013年12月6日、於:東京大学)

 第11回のIsis Focus読書会のテーマは「学問領域を整理する:科学史における分類」でした。個人的に面白かったと思うことや学んだことを簡単にメモしておきます。

Isis Focus 読書会 #11「学問領域を整理する:科学史における分類」(2013年12月6日、於:東京大学
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 今回の特集の主題は「科学史における分類」についてでした。これまでの科学史研究では、諸科学の分類に関する歴史研究は数多くありました。しかしながら本特集は、科学史の研究蓄積を研究者がいかに分類したか、そして、今後どのように分類していくかについて議論したものです。そういった分類活動は、早くはジョージ・サートン(George Sarton; 1884–1956)によってはじめられ、その後は図書館学の分類方法などを参照しながら進展していきました。そのため本特集では、図書館情報学などの領域におけるコンピュータを駆使したテクニカルな分類・検索方法にかなり言及がなされています。
 今回の特集のなかで個人的に興味深かった部分は、Weldonの論考においてIsis Curret Bibliographyの創始者サートンがなぜビブリオグラフィの作成に心血を注いだかについて論じたところです。ビブリオグラフィづくりに対する彼の熱意は、20世紀初頭の「ベル・エポック Belle Époque」という時代に影響されたものでした。すなわちサートンのビブリオグラフィづくりは、世界中の知識を組織することを目指す、国際協調主義・平和主義を志向する知的サークルとの交流の産物だったのです。以上からWeldonは、ビブリオグラフィづくりという行為は社会的な行為であると議論するのでした。
 Weldonはまた、ビブリオグラフィをつくるという活動が新しい学問領域の形成を手助けするためのものとして位置づけています。つまり、その活動を学問の専門化の度合いを示す一指標と捉えることができるでしょう。サートンの活動と時を同じくして、ドイツやイタリアでも科学史ビブリオグラフィづくりが進められています。このようにして、戦前に科学史という新たな分野の専門化が進められていったのでした。なお、ここで個人的に気になったのは、この時期にドイツやイタリアの社会でつくられたビブリオグラフィがどのような点でサートンのものと異なっているかという点です。Weldonはビブリオグラフィづくりを「社会的な」行為として捉えていますが、ここでは科学史ビブリオグラフィの共通点ばかりが紹介され、それぞれのビブリオグラフィが各々の社会に即してどのような特徴を有したかについてはあまり触れられていませんでした。
 それでは、このような視点は日本における科学史の専門化の歴史にも適用できるでしょうか。この点が当日のディスカッションでも話題になりました。ある学問分野の専門化の進展具合をみるときにしばしば言及されるのが、学会や専門雑誌あるいはその専門家を養成・再生産する大学の教育課程の有無についてです。まず、日本科学史学会が設立されたのは1941年でそのときに専門雑誌『科学史研究』もつくられています。東京大学大学院に科学史の専門コースができたのは、時代がやや下って1970年です。ここで興味深いのは、その間の1960年代に科学史学会がビブリオグラフィをつくる作業に乗りだした点です。その結果、1965年度のものから『科学史研究』に「科学技術史関係年次目録」が付されるようになりました。その際に尽力したのが、国立国会図書館の索引課で「科学技術編」の責任者をつとめていた石山洋氏でした(中山茂・石山洋科学史研究入門』東京大学出版会、1987年、120–121頁;石山洋「『科学史研究』の歩みとともに――編集に携わって四十余年」『科学史研究』262、2012年、100頁)。このことから、ビブリオグラフィへの着目は、ある学問分野の専門化の歴史を段階的にみていく際に有効であると言えるかもしれません。
 一方、そういったビブリオグラフィの特徴が今日変わりつつあるという点も議論になりました。Weldon以外の論考は、分類技術の変化および学問領域の学際化という最近の動向を受けたものでした。前者については、目録の機械可読化やデジタル化という状況を受けて、従来の本ベースから最近のインターネット上でのビブリオグラフィづくりへの変容があげられます。後者については、科学史が研究対象とする学問領域自体が、これまでのように一つの領域に分類できるものでもなくなっていることがあげられます。こういった変化の中で、これまでの本のビブリオグラフィでは、まず最初にある書誌がどの領域に入るかを考える必要があったのが、電子化したビブリオグラフィでは、そのような悩みから解放されることになりました。つまり、書誌には複数の領域や主題に関するタグをつけることができ、コンピュータを使ってそれらを容易にブラウジングすることが可能になったのです。そういった新たな分類・検索法については個々の論文で詳しく論じられています。今後、日本でもこういった技術を科学史関連データベースや目録に導入し、より使いやすいシステムの構築が待たれるところです。