Isis Focus 読書会 #9「科学史の未来」（2013年6月24日、於：東京大学）

　第9回のIsis Focus読書会のテーマは「科学史の未来」でした。個人的に面白かったと思うことや学んだことを簡単にメモしておきます。

Isis Focus 読書会 #9「科学史の未来」（2013年6月24日、於：東京大学）
Isis, Focus読書会#9 科学史の未来 - 駒場科学史研究会
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　今回の「科学史の未来」という特集は、科学史学会の学会誌Isisが100周年を迎えたということで企画されたものでした。2009年の学会100周年記念時にも科学史のあり方が特集されていましたが、今回はそれよりも未来を志向して書かれた論文が掲載されていました。
　今回の特集および読書会を通じて、個人的に最も印象に残ったのは計算機科学的手法について扱った" "Computational Perspectives in the History of Science"という論文です。コンピュータによる多量のデータ分析は、これまで研究者の職人芸でもあった史料分析に取って代わりうるし、さらには一人の研究者の分析では得られないような洞察を提示することができると著者は主張しています。前者については、たとえば、これまで医学史家がマラリアの歴史研究において導き出した結論を、この手法によっても既に到達できると述べられています。一方、後者については、ネットワーク分析が重要なアクターやパターンを浮き上がらせ、研究者にさらに掘り深めるトピックを与えることができるとされています。そして、このような分析によって、知のグローバルな広がりにおいてどのようなアクター（機関やメディアなど）が効いているのか、あるいは、知によって広がり方のパターンがどう異なるか、といった課題を提示することになります。つまり、この新しい手法は科学史家の補助的なツールとなると同時に、その方法論自体によって科学史研究の新たな問題系を生み出すかもしれないのです。
　しかし、より興味深いのは、この方法論によって科学史研究に新たな視点がもたらされるだけでなく、もしかすると近い将来、この分野の学術体制の再編成を迫るかもしれないと指摘している点です。これまでの科学史研究ひいては歴史研究においては、そこで利用される史料＝データは一部の歴史家が独占してきました。しかしながら計算機科学的手法においては、データに不特定の人々がメタデータを付与し、それらデータができるだけ多く蓄積されることを前提としています。そのため、誰でもそのデータを使って論文を書き、自らの解釈を提示することができ、逆に言えば、論文で利用されているデータはハイパーリンクによって誰でもより簡単に検証される可能性が高まり、これまで以上に主張をめぐる議論が活性化するかもしれません。このように、科学史研究における研究成果の出版事業といった学術体制や、史料に対する研究者の規範などが大きく変化する可能性が示唆されるのでした。
　計算機科学的手法は将来、科学史の方法論的な変化と制度的な変化を引き起こすかもしれませんが、もちろん絶対にそうなるとは限りません。たとえば、前者については、これまでのように職人芸的な手法が完全に不要になるわけではないでしょうし、また、この方法に研究者がどれだけ馴染めるかも正直よくわかりません。また後者についても、博物学において標本＝データを収集する人と、論文を書く研究者が分業となっていたように、計算科学的手法においても同様の役割分担が起きるかもしれません。ともあれ、これら変化の二側面をほのめかしたこの論文は、実際にそのように変化するかはさておき、個人的には面白く読めました。

関連文献

From Embryology to Evo-Devo: A History of Developmental Evolution (Dibner Institute Studies in the History of Science and Technology)

Humanity's Burden: A Global History of Malaria (Studies in Environment and History)

The Making of a Tropical Disease: A Short History of Malaria (Johns Hopkins Biographies of Disease)