版画・カラー図版・言葉による説明という動物発生の表象:Ekholm "Fabricius's and Harvey's representations of animal generation"(2010)

 とある初期近代医学史のゼミで、ハーヴィに関する研究文献を読んでいます。今回は、ハーヴィの発生論における表象の役割に注目し、それを彼の師の方法と比較検討した文献です。ちなみに、再来週の駒場科学史研究会では、本論文が所収されているAnnals of Scienceの「特集:初期近代における動物の表象」の読書会を行います。関心のある方は是非。

Annals of Science「特集:初期近代における動物の表象」読書会

Karin J. Ekholm, "Fabricius's and Harvey's representations of animal generation," Annals of Science, 67(3), 2010, pp. 329–352.

 ハーヴィ(1578–1657)の『動物発生論 Exercitationes de generatione animalium』(1651)は、彼の師であるファブリキウス(1537–1619)の書から内容や順番など多くを引き継いでいる。しかしハーヴィは、ファブリキウスがその本のなかで図像を多用したことに対し批判的で、自著でその図像を用いることをしなかった。では、ハーヴィは代わりにどのようにして解剖学的知見を示そうとしたのか。また、一方のファブリクスはどのような関心から図像を用いたのか。本論文は、ファブリキウスとハーヴィの解剖学書において、版画・カラー図版・言葉による説明という三つの方法が、それぞれの研究目的を果たすためにいかに利用されたかを描き出している。
 ファブリキウスの解剖学において、彼がもっとも重視したのは動物の発生のヴァリエーションを示すことにあった。彼は動物によって微妙に異なる発生の特徴を示すために、動物の胎盤の種類によってグループ分けして、それぞれを図で示すという方法を採用したのである。それに加え、カラー図版を用いることで、それぞれの間のさらなる差異を示そうとした。一方、ハーヴィは発生のヴァリエーションよりもむしろその時間経過によって胎児がいかに変化するかに関心をもっていた。彼の関心の背景には、彼がアリストテレスの発生論に強く依拠していたということが指摘できる。ハーヴィがその段階的な変化を示そうとしたとき、ファブリキウスが図像によって描こうとしたのとは異なり、彼は一日一日の変化を言葉によって説明しようとした。ファブリキウスが身体部位の構造に着目していたことに対し、ハーヴィは構造だけでなくその動きも描き出そうとしている点が対照的である。ハーヴィはそういった変化や動きを示すために、身近な事物のアナロジーをふんだんに用いることで、あまりなじみのない概念を読者が理解しやすいものとなるように配慮した。しかし、結局のところ、なぜハーヴィが図像の利用に批判的であったかは定かではない。なお、ファブリキウスが複数の動物の発生を描いたのとは反対に、ハーヴィはシカを胎生動物のモデルと捉え、一種類のみの発生を記述した点も両者の方法論の違いを示している。